京次がカズ子から水晶玉を奪うと、動きかけていた加渓が、ゼンマイの切れた人形のようにピタリと止まった。
「馴染み深い気配を沢山感じるから来てみたんだが...」
「カズ子ちゃん、キミが命を売るようなマネをするとは思わなかったよ。」
「...何だ、そんな事を言うって事は、途中から私と加渓の戦いを見ていたみたいね。」
雪之絵の言う通り、京次とサラは、雪之絵が斬馬刀を奪った辺りから見ていた。 別に隠れていたわけではないが、戦いに夢中になっていた雪之絵とカズ子は、京次たちの接近に気が付かなかったのだ。
その様子を見ていた京次とサラは理解した。カズ子とタケ子は敵である、と。
「で?京次はどうしたいの? そんな水晶玉なんて、鳳仙の屋敷帰れば幾らでも予備があるんじゃない?命の事を想うなら、桐子も加渓もここで殺しておくべきだと思うけど?」
雪之絵に探るような目で見られて、京次は顔をしかめた。
『フヌケた決断をするなら、あなたでも許さない。』雪之絵の目がそう言っている。 加渓の戦いぶりを見るに、京次は全然驚異を感じなかったが、後々相対すれば、少しは邪魔になるだろう。
確かに、殺さないまでも足の一本でもへし折っておけばいいのかも知れないが、命の友人であり、自身もよく見知った相手を手にかけるのは嫌だった。
「...私が見張ってようか?」
雪之絵を恐れてか、今まで目立たない所に下がっていたサラが、フラリと京次の側に歩み寄って、そんなことを言う。
夜の静寂の中、その言葉はよく通って聞こえ、加渓以外の全員の顔を振り向かせた。
「水晶の無い桐子を、この場所に釘付けにしておけば、コイツ等も余計な事できないでしょ?」
「いいのか?」
「アンタがミコトを連れて帰るまでの間でしょ? どーってことないわ。」
余裕たっぷりにそう言った後、「それに私がいると、ミコトも素直にアンタの話を聞かないと思うしね。」と、付け加えた。
「すまん、よろしく頼む。 ...雪之絵いいな?」
「......」
雪之絵の表情を見る限りあまり乗り気ではないようだったが、今は命を追うのが重要であると忘れるはずはなく、無言で歩きだした。
その後を追う為に京次が踵を返すと、それまで一言も発しなかったカズ子が、突然大声で呼び止めた。
「京次さん!!」
「ん?」
歩き出そうとした足を止め、京次は背中ごしにカズ子を見る。
「言い訳になりますが、私だって命には悪いと思ってるんです。でも、アケミさん救う方法を考えたら、私はこれしか思い付きませんでした。」
「その方法が、正しいか間違っているかなんて私には解りません。 だったら、上手く行くと信じてやるしか無いじゃないですか!」
。それを聞いて困ったような表情を見せた京次は、何故かサラに少しの間だけ視線を向けた後、言葉を選ぶようにゆっくりと喋り出した。
「...まあ、その通りだな。」
「え?」
京次の意外な言葉に、カズ子の方が面食らい言葉を失う。
「何が正しくて何が間違っているかなんて、判り難いもんな。 だったら自分で正しいと思う事を信じてやるしかないだろう?」
「大人ですら間違うんだから、子供なら尚更さ。」
「でも、子供は間違ってもいいんだよ。 色んな経験して、それで成長していくんだから。」
「行動した結果、間違っていると気が付いたら、その時、正しい生き方に改めればいいだけだ。」
「まあ心配すんな。子供の間違いのツケは、大人が払うもんだからな。全てが終わったら、また命と仲良くしてやってくれ。」
京次の話が終わったと同時に、雪之絵が走り出した。 雪之絵なりに、気を使っていたのだろう。京次も置いて行かれないように走り出す。
それはすさまじいスピードで、雪之絵と京次は、あっと言う間に闇の中に消えて行った。
「そうね、道を間違えた子供っていうのは、私。」
「京次、こっちよ。」
手招きをして見せた雪之絵は、別の道に入る。
「どこ行くつもりだ!?」
「加渓相手に時間掛け過ぎたからね、単車を使うわ。 車と違って体むき出しだから、気配も読めるでしよう?」
確かに良い考えだと納得した京次は、黙って雪之絵の後に続く。 辺りは闇の中で、今自分がどこを走っているのか全然解らなかったが、それは雪之絵に任せれば間違い無い。
「京次、今のうちに言っておく事があるわ。」
「なんだ?」
走るスピードを速めた京次が雪之絵の隣に並ぶ。 全力で走る雪之絵に対し、京次にはまだ余力があるらしい。
体力に関しては負けていると理解した雪之絵は、少し忌々しく思いながらも、話を進めた。
「私はね、命が子供の頃に、父親という存在そのものを教えた事がないのよ。」
京次は、命が初めて自分の前に現れた時の第一声を思い出す。
「だから、命は父親というものを認めない。 京次がどんなに良い父親であろうとしても、父親として接する限り、命は永久に京次を受け入れないわ。」
「いいんだよ。 たとえ嫌われても怨まれてもな。 とにかく、命が無事ならそれでいい。」
進む先を睨みながら、表情一つ変えずに言い放つ。
「...そうね、それは私も一緒。 命は自分自身の力で幸せになるわ。 でも、それまで守るのは私達の役目。」
それ以降静かになった二人の前に、目的の単車が見えてきた。
カバーを掛けて道端に放置してあるその単車の前で、雪之絵が足を止める。
「こんな所に置いてたら盗まれるぞ?」
雪之絵の頭の上から、京次が顔を覗かせる。
「盗もうとしたガキいたわよ? 全員前歯なくなってるけどね。」
言いながら、雪之絵は単車からカバーを取り払う。
「乗って。」 雪之絵は、為れた手つきでキーを回し、セルボタンを押す。
ホンダ製、黒い大型バイクのサイレンサーから、火を吹くような大音響が鳴り響いた。