静まり返る部屋の中、京次が顔を上げる。 俯く命は、何時の間にか京次を掴んでいた手も離していた。
顔を上げない命が呟いた声は、小鳥のさえずりのように小さく、かすれている。
「好きとか言われてその気になって、私、馬鹿みたいだね。」
「命?」
「ここまで相手にされないのは、全然好かれてない証拠だよね。」
「命、違うたろ!?命の事が一番大切で一番好きなのは確かなんだよ! 俺は、命の親なんだから!」
「それは、絶対ないよ。私解ってるもん。」
「命、やけにならないでくれ。 俺がお前の事を大切なのは、絶対間違いないんだから。」
「私の事を大切なのは、娘だから?」
「その通りだ。」
「......」
「......」
「...じゃあ聞くけど、」
この時、上げた命の顔は、目の笑っていない笑顔だった。
今まで一緒に暮らして来て、命のこんな表情は、ただの一度も見たことがない。何の話なのか解らないのも加わって、京次は冷たいものを背中に感じて息を飲んだ。
「大切な娘に、パパは何で会いに来てくれなかったの?」
「な、何の話だ?」
京次がろれつの回らないまま、言葉を返すと、それを聞いた命は、首をかしげて悲しそうに京次を見上げた。
「忘れちゃったの? 」
「だから何を?」
「パパにとっては、やっぱりその程度なんだよね?」
「命...」
「でも、いいんだ。パパが、私の事を邪魔に思ってるのなんて、とっくに解ってるもん。」
「だから何の話だ!?」
思わず声を荒げてしまい、すぐに反省した京次だったが、それに関して命は、まったく気にしている様子は見せなかった。
しかし、それは見せなかっただけ、
命の浮かべていた微笑と共に、心の中の本当の壁も崩れ落ちた。