ともあれ、幼い女の子が死んでいないと理解した高森夕矢は、安心したように小さなため息を付いた後、その視線を倒れている女の子に向けた。
しかし、廊下の奥で蹲る女の子の様子を見て、高森の表情はまた怪訝なものへと変わる。
「...何か、あの女の子、苦しそうじゃないですか?」
「?」
「もしかして、撃たれた時に怪我したんじゃ!?」
「...そんなはずは無い。」
一瞬考えた貴時だったが、直ぐに強い口調で断言した。
「幾度となく実験した。 このペイント弾では絶対ダメージは与えられない。」
「撃たれた時、大袈裟に引っくり返ってたからな。 大方、息でも詰まったんだろう?」
それっきり、視線を外した貴時。 皇金と赤い髪の少女は、初めからマルキーニに興味は無いらしく、高森の言葉にまったく反応は示していなかった。
それでも、後髪引かれる思いでマルキーニから視線を外せずにいると、貴時が面倒臭そうに言った。
「そんな事よりも、こっちの方が重要なんじゃないのか?」
貴時の指差した先。その場所には、座りこんで右足の太ももを押さえる赤い髪の少女がいた。
こちらは、本格的に苦しそうである。
赤い髪の少女は、その貴時の改造拳銃で太ももを撃たれていたのだ。 貴時とエデンの父親の戦いが衝撃的ですっかり忘れていた。
忘れていた事への罪悪感と自分へ対する怒りを感じながら、高森は赤い髪の少女の側へ駆け寄った。
続いて、膝を折るようにしゃがんだ後、自分の上着の袖を肩口から引き千切り、それで傷口の少し上を縛ってやる。
「ありがと、」
「いえ」
月並みな行為だが、正直、今やれる事はこれしか思いつかなかった。
赤い髪の少女へ向けて言ったその言葉は、自分は先に進むという意思表示でもある。
しかし皇金の怪我は、赤い髪の少女以上だ。
「その傷で、まだ戦うつもりですか!?」
「当然だ。エデンとの戦いなど、本来の目的ではないのだからな。」
「わ、私も、行く...」
皇金の言葉に触発された赤い髪の少女が、自分も立ち上がろうと試みたが、傷の痛みに耐え兼ねてフラつき、再び尻餅を付いた。
「お前は駄目だ。」
「!」
皇金の言葉は冷たく聞こえるが、言葉の内容には高森も賛成だった。
「...出血が酷いです。 確かに、早く病院に行った方がいいと思います。 この近くに病院ってありますか?」
「...ある。 鳳仙家や陸刀家と通じている病院だから、怪我の事情も外に伝わらずに済む。 普通に歩いたとして、30分ぐらいの所だ。」
普通に歩いて30分。
しかし、足を撃ち抜かれた彼女が普通に歩けるはずも無い。 病院到着に掛かる時間は普段の三倍か、あるいはもっと掛るだろう。
応急処置してあるとは言え、血は今もって滴り落ちている。 その状態で、二時間近く掛かる距離を辿り着けるであろうか。
「......」
「そんなに心配なら、お前が病院まで付き添ってやればいいさ。」
「元々、親父と雪之絵真紀がいれば、命姉さんは助けられるのさ。 俺もお前も、本来戦いに参加するまでも無い。」
皆月京次が話の中に出て来た事で、唐突に、死んでしまった朱吏陽紅の言葉を思い出す。
まさか、自分が殺されるなどとは思ってはいなかった朱吏陽紅が、何故、赤い髪の少女を自分で守ろうとせず、高森夕矢に託したのか。
あの言葉を聞いた直後は、特にその意味を深くは考えなかったが、今ならば、言葉の裏にある意味が解る。 あれは、自分と赤い髪の少女に、人殺しをして欲しくなかったから出た言葉なのだ。
だとすれば、この鳳仙家の廊下を進み、出現するであろう敵と戦うよりも、彼女を救う為に力を注ぐのが正しい行為なのではないのか? そう思えるのである。
「......」
「俺の親父が強くなろうとしたのは、命姉さんを守る為だ。 つまり今日の戦いが、皆月京次の最後の戦いと言って良い。」
「大丈夫...」
「私は一人で帰れるから、高森君は先に進んで。」
「これ以上、誰かに迷惑かけたくないの。せめて自分ぐらい自分で守らせて?」