「さ、入って。」
「お邪魔します。」 命が自分の部屋に招くと、幾分恐縮しながら、タケ子が入ってくる。
フローリングの洋間である命の部屋は、物そのものは多くない。
目に付く物といえば、カベ際の小さなベットに、マンガしか並んでいない本棚。 その上にあるMDも付いていないラジカセ。 それと、ぬいぐるみが並んでおいてある机ぐらいだ。
ただし、カーテンとベットカバーなどピンクで統一されており、クレーンゲームで取ったような小物が、壁に意味も無く飾られているのは女の子らしいと思えた。
「ま、楽にしてよ。」
ベットを椅子代わりにして座る命を余所に、大きなバックを足元に降ろしたタケ子は、落着かない様子で部屋の中を見回した。
この部屋は、命が高校生になってから宛がわれたものなので、タケ子が見るのは今回が初めてだ。
足を踏み入れた瞬間から、甘い香りに鼻腔をくすぐられている。
秋に咲く、オレンジ色の小さな花を思わせる甘美な香り。
何時もこれと同じ匂いを、命から嗅いでいたタケ子は、部屋の中で命と二人きりでいる現実を強く意識する。
命の体は、保健室と便所の個室を利用して楽しんだが、その時と比べて、遥かに恵まれた今の状況。
「えーと、パパがお風呂沸かしてくれてるから、...するのは、お風呂入った後の方がいいよね?」
「どうして?」
命の隣に座ったタケ子が、身を摺り寄せる。
「ど、どうしてって、そりゃ今日は体育なかったけど、それでも少しは汗かいてると思うし。」
「私、命の汗の匂い好きよ?」
そう言った後、命の首筋をペロリ舐める。
「ひゃ!」
体を一つ跳ね上げて、命がタケ子から逃れようとしたが、タケ子の方はそれを許さない。 両腕で、しっかりと命の体を抱きしめる。
「命、いい匂いする。」
命のうなじに鼻を当てて、深呼吸を始めるタケ子。 しかし、自分の汗の匂いを嗅がれても、命は全然嬉しくない。
「やめてよ! タケ子だってそんな事されたら嫌でしょ!?」
命は、無理矢理タケ子を引き剥がしたが、引き剥がされた方のタケ子の方は、困惑していた。
「何で? 私は命になら何されても嫌じゃないわよ? もしかして、命は嫌なの?」
切羽詰まったように訴えるタケ子に、今度は命の方が困惑した。
正直、何をされても良いとは思ってはいない。 そう思えるのは、この世にたった一人だけである。
つまり、皆月京次ただ一人だけだ。
「命、解ってる?私、命の事、好きなんだからね?」
京次の事を想っていた命の意識を、タケ子の言葉が無理矢理自分に向けた。
しかし、困り果てた表情をする命に見つめられたタケ子は、嫉妬の為に逆上するしかなかった。
激白の後、急激に怒りは静まり、逆の感情で溢れる。
「...ね?命。 愛してる。大好き。離れられない。私、もう命がいてくれないとダメなのよ。」
命に向けられる、決して演技ではない切なそうな目。
普通なら、胸を打たれてそのまま抱き合い二人の世界に入ってしまうか、逆に引いてしまう所だが、命は少し違っていた。
背筋を走る電気の様なものが、タケ子の媚びた表情を見続けながら、大きく、大きくなっていく。
脳みそまで届いたその痺れは、過去にも味わった記憶がある。 病院の個室で、タケ子の体を自由に扱った時だ。
あの時、一人の人間を自由に貪った時、言い知れぬ快感を味わったのを覚えている。いや、現実に今それ以上のものを感じている。
「ね?タケ子?」
「?」 優しく落ち着いた命の声がタケ子の耳の中に滑り込む。
「私、これから先、ずっとタケ子と一緒にいてあげてもいいよ?」
「ほ、ほんと!?」
期待薄と解ってながらも懇願していたその言葉に、有頂天になって体を離したタケ子が、正面から命の顔を見つめる。
しかし、破顔して訳が分からなくなる程喜んでいるタケ子とは対象的に、命は微笑を浮かべているだけだった。 その雰囲気は、異常な程落ち着いている。
「でもね? 私の言う事を全部聞いてくれなきゃやーよ? 」
「聞けるわ。 聞けるに決まってるじゃない!」
「本当に? 試してもいい?」
「え、試すって? どんな事を?」
このチャンスを逃すつもりはないタケ子だが、試すなどと言われたら不安にもなると言うものだ。
命は、ニコッと愛くるしい笑顔を浮かべて首をかしげて見せた。
「大丈夫、タケ子が本当に嫌だって思う事はしないよ。」
「...」
天使だか悪魔だか、まだ解らない命の笑顔。しかし、タケ子は完全に魅了された。
ぎこちなく肯いた後、とりあえず落ち着こうと、話を別の方へと持って行く。
「そ、そうだ、色々面白い物を持ってきたんだ。」
足元においてあるカバンをタケ子が開けると、色々なオモチャが所狭しと入っていた。 電動で回転するコケシや、振動するピンクのタマゴ。 それから、随分大きな真珠が連なった棒など、有名なものは一通り揃っているようだ。
これらは皆、女子寮のレズ娘が、タケ子の所に持ってきて、そのまま置いて行った物ばかりである。
話を逸らすつもりだったタケ子だが、どう考えても拍車を掛けている。これも焦っている証拠だ。
「残念だけど、女同士はどうしても道具が必要だから...」
「ふーん、それ使ってもいいの?」
「そ、そうね、私自身が使った事はないんだけど、二人で色々試してみたいなーっ、てねっ。」
天にも昇る面持ちで、カバンの中を弄るタケ子は、恥ずかしいのか命の顔も見れない。
だが、もし落ち着いて見れたとしたら、タケ子は命を別人と見まがえた事だろう。
だが、彼女を知っている者が今の命を見たならば、きっとこう答えるはずである。