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「そっち行って、いーい?」
「いーい?」
「え、ええ、 いいわよ」
「へへーっ」
カズ子の了承が余程嬉しかったのか、満面の笑顔を浮かべてよって来た。
とて、とて、とて、そんな足音が聞こえて来そうな程、その姿と仕草は、幼く愛らしい。
ベットに座った状態でも、見下ろさねばならない小降りな『エデンの娘』は、んしょっ、と声を上げてベットによじ登り、カズ子の隣に座った。
パタパタと両足を動かし、嬉しそうにカズ子を見上げる。
甘えたがっている子供の典型的な姿。
危険だから『エデン』に近づくなと散々言われたが、この姿を見る限りとてもそうは思えない。
「私ね、『エデン マルキーニ』って言うの。 マルキーニって呼んでくれたらいいからね。」
アケミは、『エデン』の呼び名を家族の総称と言っていたが、どうやら苗字だったらしい。 それを思うと同時に、『エデン』に関わるなと散々釘を刺されたのを思い出す。
幸い、怪しい笑顔の母親と、気味の悪い男の子は側にいない。
この子の機嫌を損ねない程度におしゃべりして、適当にお別れすれば、危険なことはあるまいと思った。
ニコリと笑うマルキーニに、カズ子はぎこちない笑顔を返す。
「...よかったぁ。」
今まで満面の笑みだったマルキーニが、力が抜けたようにタメため息を漏らした。
「え? な、何が?」
「だって、私、お姉ちゃんに嫌われてるのかと思ってたから。」
そう言われて、廊下で『エデン』に会った時の自分の態度を思い出す。
「き、嫌ってなんかいないわ。 ただ...」
マルキーニの一挙一動に、一々びくつきながら取り繕うが、嫌いではないという部分は嘘ではない。
カズ子は『エデン』に対する恐怖感はあるものの、決して嫌ってはいなかった。
唯一、この子が死体を引き摺っていた事実だけが、『エデン』の恐ろしさを演出していたが、しかし、それが原因でアケミの『接待』が延期になったのを思うと、『エデン』を嫌いにはなれなかったのである。
それどころか、『接待』延期に対しては、エデンに対し感謝すらしていた。
「ただ...恐い?」
「うっ...」
「私達ってね、何だか皆から怖がられて嫌われるんだー。」
確かに、こう見る限り、恐くない。
第一、死体を引き摺っていた現実にしても、一般人になら兎も角、同じ殺し屋にまで非難される謂れはないと思う。
それにカズ子にして見れば、アケミを汚した財界の二人より、殺し屋の方が遥かにマシだ。
男に汚されて自殺までしてしまう女性は、確かにいる。 「生きてさえいれば。」よく言われる言葉だが、それは、汚される辛さを理解出来ない男の戯言だと、カズ子は胸を張って言えた。
「そうよね、確かにそれはそうだわ。」
造っていた笑顔が自然なものになる。 マルキーニもそれが分かったのか、笑顔が一層明るいものになった。
「よかったーっ、お姉ちゃんも分かってくれたーっ。 そうなんだー、皆解ってくれるんだっ。」
「...ぇ?」
「ん?」
「オジちゃん二人って、まさか、廊下であなたが引き摺っていた人達?」
「そうだよ?」
さも当たり前のように答えたマルキーニに、カズ子は言葉を失う。
「ねえ? その二人、あなた達が殺したんじゃないの?」
「ふぇ?」
強ばりながら問うカズ子に、一瞬だけ呆けた表情を見せた後、エデンはケラケラ声を上げて笑い出した。
「そっかー! お姉ちゃん、それで私達の事恐がってたんだー!そっかー!!大丈夫だよ。 二人とも生きているよ。」
「嘘でしょ? だって...」
「ホントだってば、疑り深いなぁ。 第一お父さんとお母さんってボディーガードがお仕事なんだよ? 意味もなく殺して終わりなんて事しないよ。」
殺し屋じゃないんだから。 と、小さく付け加える。
身震いするカズ子の腕を、マルキーニが取った。
「じゃあさ、お姉ちゃん私の部屋に遊びおいでよ。 私達の身の潔白証明出来るし、一緒に遊べるし。一石二鳥でしょ?」
マルキーニの笑顔はあくまで無邪気である。
この子供の言動。 やはり嘘を付いているとは思えない。
もし、今のマルキーニが演技であるなら、子役俳優でもした方が余程金もうけ出来るだろう。
アケミが言っていた、この言葉。
今まさに、自分は『エデン』に招待されようとしている。
「今ね、お母さん出かけてるから、全然気を使う必要ないし、ね? 遊びおいでよ。」
「......」
切り札の陸刀加渓は既に先ほど呼んでいる。 鳳仙の呪術は催眠術に近い為、カズ子が術を解かない限り必ず自分の元にやって来る。
「...解ったわ、招待して。」
答えるカズ子の左手は、ポケットの中の水晶玉をしっかり握っていた。