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「いいえ、私はアケミさんに付いて行くと決めたのですから、どこへでも一緒に行きますっ。」
地下室から一階へ上がった後、一面黒光りする木材で造られた廊下を早足で進むアケミに放されまいと、カズ子も足を必死に動かして急ぐ。
「あのね、私、一応デートなんだけど...」
どうやら、外にまで付いて来るつもりらしいカズ子を窘めようとした時、進んでいる廊下の先に、誰かが三人程立っているのが見えた。
手前の一人は、カズ子の兄、鳳仙 圭。
そして、その奥にいるのが...
「雪之絵の叔父様!?」
アケミの代りに、後ろのカズ子が声を上げる。
雪之絵真紀の父親にして、雪之絵、鳳仙、陸刀の三家を統治している者。
「ん?」
カズ子の声に反応した全員が、一斉に振り向く。
「っっっ!」
カズ子は、その異様な迫力に気押されて息を飲む。 しかし、何時もの様に笑みを浮かべている兄の鳳仙圭や、元々経済的な力しか無い、叔父の雪之絵 御緒史に圧倒された訳は決して無い。
その、さらに後ろに立っている人物。 戦闘に疎く、相手の力量など分からない筈のカズ子が、一目見ただけで、足をすくませてしまった相手。
「...よく覚えておきなさい。」
アケミが、直ぐ後ろのカズ子にしか聞こえない小声で呟く。
勿論、本名は別にあるのだろうが、誰もそれを知らない。
役回りは、叔父の雪之絵 御緒史がその財力をつぎ込んで雇ったボディーガードなのだが、実際はそんな生易しい存在ではないのは、アケミの言葉からも明らかだろう。
雪之絵真紀が、鳳仙、陸刀、雪之絵の三家を統括する雪之絵御緒史を始末出来ない理由も、『白い死神』が側にいるからである。
更に、欲深い鳳仙 圭が、雪之絵 御緒史に服従しているのも、『白い死神』の存在があるからだ。
カズ子の父親は、現在病気で入院中。 アケミの父親は事故で入院中である。 アケミは、この両方とも鳳仙 圭が関係していると考えている。
もし『白い死神』が側にいなければ、きっと鳳仙 圭は雪之絵 御緒史に手を下し、雪之絵の実権も握っていた事だろう。
「...アケミ。 陸刀のヒットマンは壊滅寸前だそうだな?」
考え込んでいたアケミとカズ子の意識を、雪之絵 御緒史の低い声が呼び覚ます。
「ええ、おかげさまでね。」
嫌味にしか聞こえない返し言葉であるが、実際、全て御緒史の娘、雪之絵真紀が原因である。
「でも、どうなされたんですか? 何で雪之絵の叔父様がここに?」
カズ子の疑問に、鳳仙 圭がいつもの笑顔で答えた。
「御緒史叔父様は、僕達が窮地に陥っていると思われて、力を貸しにいらしたんだよ。」
どうやら、そう言う事らしい。
「お前達があまりに不甲斐ないからな。自分で出陣して来たのだ。」
雪之絵 御緒史の言葉に、鳳仙 圭がクスリと笑う。
「...何が可笑しい?」
「いえいえ、嬉しいのですよ。」
大袈裟に両手を広げて取り繕って見せるが、その言葉と本心はまったく別物だった。実際アケミも、これに関しては鳳仙 圭と同意見である。
『白い死神』 一人をヒットマンとして送り出せば、それだけで充分なのに、こうして御緒史までが付いて来た。
心底 雪之絵真紀を恐れている御緒史は、きっと鳳仙屋敷に滞在する間も、『白い死神』は常に自分の側に置いておく事だろう。
御緒史が直接戦闘に赴くとは思えないので、『白い死神』 も鳳仙屋敷に入り浸りと言う事になる。
「『白い死神』は、警備に集中させる。」
ほらね。 と、思わず出そうにるのを、何とかこらえるアケミ。
「...連れて来たのは、『白い死神』だけではないぞ? 『エデン』もだ。」
『エデン』、その名を聞いた途端、アケミの顔色が変る。
それだけではない、鳳仙 圭さえもその表情を一変させた。 今までの余裕の笑みは完全に消え去り、眉間にシワわ寄せる。
カズ子は兄のこんな顔を、今まで見た事がない。
「誰です? 『エデン』って。」
一人だけ理解していないカズ子の言葉は、とても滑稽に聞こえた。しかしその無知さは、今回だけは幸いであると、アケミは思う。
「『エデン』っていうのはね。 とある家族の総称なの。」
「家族の総称?」
「そう、父親と母親と、双子の兄と妹、四人の総称。」
...来た。
誰かの言葉と共に、その家族が姿を表した。 廊下の奥から、その家族がこっちに向かって歩いて来る。
ひたっ、ひたっ、