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屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

「何か、普通っぽいですけど...あっ」

 『エデン』の子供達が持っている、スダ袋に見えていた物が光に晒された時、それが何なのかカズ子にも解った。

 先ほど、アケミを汚し、貪っていた財界の二人だ。

「!!」 思わず声を上げそうになったカズ子の口を、アケミが寸前で塞いだ。

「...ダメよ。 絶対やつらと関わるキッカケを造っては駄目。」

  血の気の引いたアケミの手はとても冷たく、アケミ自身、相当ビビっているらしい。

「まあ、どうしたのですか? こんな所で立ち話なんて。」

 『エデン』の母親らしき女性が、誰にともなくニコやかに語り掛ける。

「はは、すみません。 お客様であり、これから戦友となられる皆様には失礼でしたね。 客間にご案内しましょう。」

 鳳仙 圭が速やかに対応を始めた。 既に表情が、いつもの冷笑に戻っている辺りは流石と言える。

 そして鳳仙 圭も、アケミと同様引きずられた死体の事には触れようしとしない。

 目を見開き、決死の形相で絶命している二つの死体を、子供達二人が無造作に持って引きずっている。 この異様な状況に、誰一人反応示さない。

 『...ダメよ。 絶対やつらと関わるキッカケを造っては駄目。』

先ほどのアケミの言葉が脳裏に蘇る。

 みんな、ワザと関わらないようにしているのだ。 世界最強と言われた『白い死神』でさえも。

「私達は、遠慮させてもらうわ。 難しい話は苦手だし。」

 アケミが鳳仙 圭にのみ視線を送り、極力『エデン』を見ないようにしながら言う。 しかし反応したのは、その『エデン』だった。

「まあ、難しい話なんてしませんですわよ。 お近づきに皆さんでお茶でも飲みながら、お話しようと言うだけで。」

「!!」 瞬間、アケミの体が震えた。

「そうだよー。 皆でおしゃべりした方が楽しいよーっ?」

 『エデン』の娘が、愛くるしい笑顔でカズ子とアケミに近づいて来る。 しかし、その手には男の死体を持ったままだ。

 空恐ろしい物を感じたカズ子が、身を縮めてアケミにすがり付く。 しかし、当のアケミは『エデン』を知っている分、恐怖の度合いが大きい。真っ青になり、 見て分かるぐらい体を震わせている。

 カズ子を気遣う余裕など、今のアケミにはまったく無い。

「いえ、アケミと桐子には少し用事を言いつけてあるんですよ。 ですから二人はまたの機会に。」

 失礼のない絶妙なタイミングで、鳳仙 圭が割って入る。 涼やかな表情と相手を敬う口調も絶品だった。

「そうですか?残念ですわー。」 「ちぇーっ、お姉ちゃんとお話したかったのにーっ!」

 顔に手を当てて、ホントに残念がる『エデン』の母親に、身をくねらせて、イヤイヤして見せるその娘。 死体を引き摺りながら態度が普通だから、なお恐ろしいのだ。

 アケミの全身から力が抜けた。 カズ子も又同じである。 忌々しいが、今回ばかりは鳳仙 圭に感謝するしかなかった。

「それでは、皆様、こちらへどうぞ...」

 鳳仙 圭の案内に、アケミとカズ子以外の全員がゾロゾロと動き始める。

途中、アケミとカズ子の横を『エデン』の娘が通り過ぎる時、「お姉ちゃん、今度遊ぼうねーーーっ!?」 と声を上げながら、手を振っていた。

 もし、その女の子が死体を引き摺っていなければ、アケミもカズ子も普通の反応を示したのだろうが、今はとてもそうは行かなかった。

 金縛りに合ったように動かないアケミとカズ子を残し、一同は、廊下の奥の曲がり角を曲がり、見えなくなった。

「はーっ!」 一斉に脱力する二人。

「...生きた心地しなかったわ。」 アケミが思わず本音を洩らす。

「あの...確かに変わった方達ですけど...そんなに危ないんですか?『エデン』て。」

 アケミがあんまり怖がるので、それが移ってしまった感のあるカズ子だったが、考えてみたら 殺し屋に死体のセットなど、別に珍しくはあるまい。 むしろベストマッチだ。

 だが、アケミは言い切った。「危ないわ。」と。

「いい? 『エデン』は、当然この屋敷に住む事になるんだろうけど、絶対その場所に行ってはダメよ? 」

 正面から見やり、強い口調で言うアケミに、カズ子は思わず肯いていた。しかし、同時に好奇心も拭えない。

「で、でも、何故です? 鳳仙家の人間でも手当たり次第殺されるんすか?」

「殺されはしないでしょうね。 でも、もし、『エデン』に招待されたら、死ぬより辛い地獄を味わう事になるわ。 」

「狂ってしまうまで、半日と掛らないでしょうね。」

 カズ子は圧力に気押されて肯く。 しかしアケミの言葉はあまりに説明不足で、納得するまでには至らなかった。

「あ、そう言えば、『エデン』って四人家族じゃなかったでしたっけ? お父さんがいませんでしたよ?」

 不意にわいた、素朴な疑問。 しかしアケミは興味津々なカズ子に眉を潜める。

「あ、ゴメンなさい。」

「...居るのよ。」

「...え?」

「居るのよ、父親は。 確かに居るの。」

 重苦しく呟いた後、顔を背けて瞼をきつく閉じた。 どうやらアケミは『エデン』の父親に会った事があるらしい。

「あの...私と加渓だけでは、『白い死神』と『エデン』の両方を倒す事、出来ませんか?」

「そうね、だから私達は、雪之絵命を『黒い瞳』にしようと考えているのだものね。」

 アケミは、雪之絵、鳳仙、陸刀の人間を、一部を除いて皆殺しにするつもりでいる。

 だが、アケミも、タケ子こと加渓の力が最強だと思っているとはいえ、『白い死神』と『エデン』の二つを一度に相手して勝てるとは思えなかった。

 雪之絵命を手に入れるまでは、辛くても、彼らに従っているフリをしなくてはならない。

 その事を言おうとしたアケミだったが、別の大切な事を思い出して、らしからぬ大声を上げた。

「あっ!いけない!! 早く行かないと、京ちゃんとの待ち合わせに間に合わないわ。 じゃ、お留守番お願いね!?」

「あっ、アケミさん!?」

  カズ子が振り返ると、脱兎のごとき勢いでアケミは走り出していた。

 殺し屋やっているアケミの足に、世間一般の体力すらなさそうなカズ子が追いつくはずもなく、もはやその場で見送るしかない。

「もうっ!」

 正妻を持ちながら、命という隠し子を生ませた皆月京次と言う男に、愛人の身に甘んじてまで必死になれるアケミの気持ちが、カズ子にはまったく解らなかった。

「...桐子、何を騒いでるんだ?」

 カズ子がじたんだを踏んでいると、後ろから、兄の鳳仙圭から声を掛けられた。

「おっ、お兄さん!」 驚いて振り向くと、鳳仙圭は随分近い所まで来ていた。 相変わらず、物静かな男である。

「まあいい。 それより桐子、地下室の鍵を閉めておいてくれないか?」

 鳳仙屋敷の地下室は『接待室』のある一個所だけだ。

「え?何故です?」

「桐子も『エデン』を見ただろう? 」

 カズ子はそう言われて、アケミを汚した男達の死体を、『エデン』が嬉しそうに引き摺って歩いていたのを思い出す。

「今日の様に、金ずるが次々殺されてはかなわないからな。 しばらく『接待』は中止だ。」

 さすがに忌々しく思っているのか、珍しく吐き捨てる様に言った後、今来た廊下を引き返した。 まだ客間に、あの連中を待たせているのだろう。

 アケミがこの屋敷以外の場所で、『接待』を強要される事はまず無い。 何故なら、この屋敷のように警戒厳重な場所でなければ、陸刀のヒットマン達が黙っていないからだ。

 『しばらく接待が中止。』 それを聞いてから、カズ子は笑いが止まらなかった。

 近来まれにみる朗報である。


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