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「...命、アンタおかしいよ。」
「だから言ってるのに、私、経験も知識も全然ないから、ヘタだよって。」
「そうじゃなくてさ...」
たしかに、そうではない。
命が経験ないのは知っている。 それに今までパパ一辺倒だった命が、興味本位なエッチ話をしているのを聞いた事もない。
性の知識は、おおむね友人同士のたわいない会話から得る物である。 タケ子は、カズ子を含めたクラスの知人とのエッチ話に対し、命は一度も興味を示す事がなかったのだ。
タケ子は、思わずそう言ってしまいそうになったが、プライドが邪魔して口を紡ぐ。
『何でこんなに上手なの?』 それはかつて、保健室で、命がタケ子に言おうとした言葉。
タケ子が、愛撫に為れているのは、ちゃんと理由がある。
中学の半ばから今まで、タケ子は女子寮で一人暮らしをしているが、女の子だけが集う城には、おおむねレズな女の子が居るものなのだ。
特にボーイッシュで、勝ち気で面倒見が良いタケ子は、レズな子の格好の的になった。
ごく最近までノーマルだったタケ子は、寄ってくる女の子を大抵軽くあしらっていたが、中には、『思いが遂げられないなら、私死にます!!』などと言ってくる下級生の剛の者や、立場上断りきれない、先輩方がいたりしたのだ。
タケ子は、望まなくも、その後輩や先輩方と肌を合わせた。
ただ、興奮した相手に、処女膜破られるのも嫌だったので、責め手のスタンスを貫き、今に至るのである。
だからタケ子が、そこそこエッチに手慣れているのは当然なのだが、命が上手なのは理由が分からない。
「命、ちょっと乱暴だよ。」
「そうなの?ご、ごめん。」 間髪入れず、命が誤る。
命は、いつも我が侭で、やりたい放題やって生きているが、時々、今のようにとても弱々しくなる。
長い付き合いのタケ子は、その理由を知っている。
母親と別れ、皆月京次に引き取られた子供の頃。 自分の味方が京次一人だけの時期が暫くあった。
住む場所が変わり、転校を余儀なくされた新しい生活。 しかし、それと同時に、命の悪い噂が近所中に広まった。
半分は否定できない、今現在も消えずに残っているこの噂。
そんな噂が蔓延する中、命が、転校先のクラスメートや近所の子供達に声を掛けても、受け入れてくれるはずもなく、友達を作るのを諦めかけた頃、命に声を掛けたのが、タケ子とカズ子の二人だった。
その後、高森が新しい友人として加わるが、命は今だにこの三人しか友達はいない。
「命、さっき自分が言った事、覚えてる?私の事、大好きだって。」
「ん?覚えてるも何も、私、タケ子の事、五本の指に入るくらい好きだよ?」
『やっぱり、そんなモンか。』 そう思うタケ子だったが、流石に悲しかった。 パパにママ、カズ子に高森、そしてタケ子。 この五人が好きなのは、別に今に始まった事ではない。
タケ子は、もう少しだけ、命を抱きしめる腕に力を込める。
「命、やっぱりアンタ、おかしいよ。」
「タケ子?」
「お願い、もう少しだけ、こうさせておいて。」
命は、タケ子に抱きしめられながら、ぼんやり考えた。
そう言えば、ドラマかなんかで、やっとの思いで好きな男と結ばれた女の子が、その男の腕の中で、『お願い、もう少しだけ、こうさせておいて。』と言っていたな。と。