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屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

「よっ高森、久しぶりだなっ。」 改めて、京次が高森の病室へと入る。

「...お久しぶりです。」

 京次の隣に命はいない。 高森の見舞いに来たのであろうタケ子に、強制的に連れて行かれてしまったのだ。

 『パパーっへるぷっ』『きりきり歩けっ』と、命とタケ子の遠ざかる声を、高森も病室の中で聞いていたので、その事に関して尋ねる事はないが、やはり先ほどの命の一言は効いたらしく、高森らしからぬやぶ睨みの視線を京次に向けていた。

「今の命さんのお言葉、本当ですか?」

 やはり、そう来るよなぁ。などと思いながら、京次はベットの横にある丸イスに腰掛ける。

「したっ!確かにした!!しかし、事情があっての事だっ、娘の命に邪な気持ちを持った訳じゃない!!それが証拠に俺は今堂々としてるだろう!?」

 確かに、正面から堂々と恥ずかしい事を臆面もなく言い切った京次に、高森は『さっき一旦逃げたくせに。』と喉まで出て来た言葉をなんとか飲み込んだ。

「それならまぁ、良いのですが...」

 案外、簡単に納得した高森夕矢。

 正直、今の高森に取っては、京次と命の関係よりも、自分が命を狙った侵入者にまったく歯が立たなかった事の方がショックなのである。

「この前、侵入者に負けた事か?」

 高森の雰囲気の変化から、その事を察した京次の言葉に、高森は肯いて見せた。

「京次さんは知っていると思いますが、僕の精神は女性です。」

 勿論、知っている。 こう言っては失礼だが、他人に気持ち悪がられ相手にされない高森を可哀相に思ったから、京次は高森の師匠を買って出たのだ。

「昔は、男であるこの体を自分自身嫌っていました。 でも、京次さんに教えを受けて強くなるにしたがって、最近はそうでもなくなって来てたんです。」

 男である自分を嫌いではなくなった。 これが強がりではない事を、京次はよく解っている。 高森がだんだん強くなって、自分に自信がついて来た頃に、こんな事を言っていた。

『僕なら、男の方と違い本当の意味で女性の辛い気持ちを解って上げられる。 その上で、下心なしで女性を守り助けて上げられる。』

 かつて高森は、京次の背中を守る為に強くなると言った事がある。 その前の理由は、自分自身が男として生きる為だった。

 高森は強くなる為の理由を、初めは自分自身、次に特定の個人、最後に不特定多数の大勢へと、変化させて行った。

 それは、おそらく正しい成長の仕方。

 京次自身も嬉しく思っていた。 ひな鳥が自分の元から巣立っていく様な、そんな気分だった。

「でも、タケ子さん助けられませんでした。 その上、命さんに助けられて。」

 うつむいた高森が呟く。

 侵入者の太郎に辱められるタケ子の辛さを理解しながら、助けられず。 なおかつ女の子の命に助けられた。

 今回の事件は、高森の自信をコナゴナに粉砕してしまったのである。

「うーん、」

京次は困ったように頭を掻く。 正直、言葉でアレコレ諭し教えるのは苦手だ。

「高森、命が侵入者の一人にのされた事、聞いてるよな?」

「はい?まあ、一応は。」

「命はなぁ、強い事は強いんだが、すぐに熱くなって周り見えなくなる弱点あってなあ。 コレ、多分、母親譲りで今後も解消されないと思うんだ。」

 命の母親、雪之絵真紀の事は、高森も少しだけ聞いている。 皆月京次との戦闘に数限りなく勝利し、負けたのは一回だけと言う、とんでもない女だ。

「だから高森、お前まで熱くなって周り見えなくなったりしないでくれよ、侵入者との戦いの時みたいにさ。」

「......」

「言ってる意味解る?」

 命は、戦士としては特別なのだ。 命の母親には京次ですら、幾度となく敗れている。 だから、命に助けられた事を恥じる事もない。 女にも、中にはとんでもないのがいる。

 そもそも、女に助けられたのを恥じると言うのは、逆に女性に対して失礼であろう。

 それと、侵入者との戦闘に一方的に敗れた事実。 これは完璧に高森の力負けだ。 どう寝転んでも、高森は侵入者の皇金には勝てなかっただろう。 話を方々から聞き込んだ京次も、そう思うしかない。

 あの時の高森が、怒りに囚われ逆上していなければ、もう少しマシな戦いが出来たかも知れないが、一方的な敗戦の結果は結局、変わらなかったはずだ。

 しかし京次は、タケ子が辱められている事に対して、高森が逆上した事が100%敗戦の理由だと伝えようとした。

 『嘘も方便。』 これをキッカケに冷静な判断力を身につけてくれれば、高森は、もっと強くなれるはずだと、京次は思ったのだ。

 高森が利発なのは、京次に取って、とても幸いな事である。 言葉足らずの京次の言う事を、高森はしっかりと理解してくれる。

「はいっ。」

 高森の返事に、ほーっとため息をついて見せる京次。

「そうか、解ってくれたかっ。」

 嬉しそうに、何度も肯く京次を見て、高森もずっと笑顔だった。

 利発な高森は、言葉足らずの京次の言う事をしっかりと理解してくれる。

 命が特別である事も。逆上する事によって周りが見えなくなり、『その時、本当に自分がしなくてはいけない事。』を見失ってしまう事も。

 そして、京次が自分の事を想って、下手な『嘘』をついた事も、しっかりと理解した上での笑顔だった。


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