り
ゆらり、ふらり。 煙と言うよりドライアイスと言った方が遥かに似合う動きで、命が立ち上がる。
「うっ」
今だ、こっちを向かないのが恐ろしい。
「み、命、寝ているのかと思ったぞ。今日は遅くなるって書き置きしておいたよな?」
「うん、書き置きあったよ。
「!!そんな馬鹿なっっっ!!!」
馬鹿はお前だ。 そんな視線と共に命が振り返った。
『誤魔化すしかないっ。とぼけるしかないっ!!』 瞬時に結論付けた正確な答え。 京次はヘタな演技ですっとぼける。
「馬鹿なっ!そんなはずあるわけないだろ!?仕事だよ、仕事!」
浮気責められる亭主を地で行く台詞。
「じゃあ、襟についたキスマークはなんなのよ!!」
京次は思わず”黒い”セーターの首筋を両手で押さえていた。
馬鹿はお前だ。 命のそんな視線を、京次は再び目の当たりにした。 そして、嫉妬に狂った鬼の形相に変化して行く。
京次は、女の嫉妬に狂った表情と言う物を、雪之絵真紀や詩女によって、嫌というほど見て来ている。
今の命の形相は、それらと一分の違いもない。
「待てっ!!相手は詩女だ!!(大嘘!!)妻が相手なんだからしかたないだろ!!?」
「......」
青くなって弁解する京次に向けて、少しだけ落ち着いた命が交換条件を提示する。
「一緒に寝てくれたら、許してあげる。」
そう、
すでに高校生にまでなった命と京次は、一緒に風呂に入る事も、一緒に寝る事もなくなった。
だが、命はそれが不満らしく、理由を付けては今回の様に一緒に寝ようと提案して来る。
可愛いものじゃないか。 などと思ってはいけない。
過去の様に、ただ腕枕してやれば喜ぶ歳ではないのだ。
「......」
当然襲うとは、キス、もしくはそれ以上の事だ。 今だ命は、京次と男女の関係になるのを諦めていない。
現時点で、文句を言える立場にないのを逆手に取り、堂々と宣言して、京次が寝付くのを待つ命。
もっとも、先に寝てしまうのは常に命の方なのだが。
「......ほらね。」
午前一時を回る頃、腕の中にいる命は寝息を立てていた。
思えば、命は我が侭を言う様になった。
どうも、命が京次を見る目が一般的ではないと分かっているものの、気兼ねなく付き合える親子に成長したものと京次は疑っていない。
勿論、問題は今だ山積みである。
雪之絵 真紀の事もあるし、妻の詩女、息子の貴時の事もある。 もしかしたら、アケミの事も。