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命が、皆月京次にそう言ったのは、京次と詩女の別居のゴタゴタが一応の収集を見せた頃である。
まだ小学生低学年の小さな手で、京次の黒いジーンズを掴み、恐る恐るといった面持ちで切り出した。
「ああ、勿論いいぞ。」 京次は、命の申し出を断らなかった。
別に京次は、命を戦士に育てたいと思った訳ではない。 また、命が空手が好きでこのような事を言い出したのではない事も、ちゃんと理解していた。
命が自分との接点を作ろうとしている。
京次自身も、命をどうあつかっていいのか分からない頃だったので、正直、渡に船だった。
「命は雪之絵真紀の血を引いてるのだから、鍛えたら強くなるだろうな...で、命?」
「んー?」
「お前、強くなって何かしたい事でもあるのか?」
「んーとね、強くなって欲しい物、奪うの。」
無邪気な顔とはあまりに似つかわしくない言葉。 命が雪之絵真紀の娘である事を再認識する。
「ちょっと待て、命。それはマズイぞ。」 本当は喝を入れてやりたい京次だったが、命は小さな女の子。作り笑いと共に出来るだけ優しい口調で諭してやる。
「でも、ママはそう言ってたよ? ”弱肉強食、欲しいなら殺してでも奪え”って。」
優しく言った京次に反比例して、命の方は今にも泣きそうだった。
大好きな母親の言葉は命にとって絶対である。 しかし、パパの言う事に肯かなければ、アパートを追い出されてしまうかも知れない。 そんなジレンマが命の幼い心を苦しめる。
まして、今の命は、その大好きな母親との間を引き裂かれたばかり。
京次は考える。 雪之絵真紀の欲しかったものとは何だったのだろうか、と。
それは京次自身。娘の命。もしかしたら優しい両親とか、友達とか。
京次は、命を安心させる為に軽く頭を撫でてやる。
「分かったから、それは良い。(ホントは良くないけど、) でも俺の言う事も覚えておいてくれ。」
んー?
「いいか?ママの言った事の”奪う”の部分を”守る”にかえるんだ。」
??
「命に取って一番欲しくて大切な物ってママだろう?」
「あとパパ」
それは”まだ”嘘だ。 ただのご機嫌取り。苦笑しながら京次は再び命の頭を撫でる。
京次は少し恥ずかしくなった。 こんな子供に、何時までも気を使わせてはいけない。
「そうか、ママとパパ、きっとこの先、友達とか恋人とか子供とか、本当に大切な物が出来るから、それらを守る為に自分の力を使うんだ。」
命は
母親の真紀と、父親の京次両方の信者である命は、二人の言葉を盲目に信じている。
命なりの二人の言葉の解釈。