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屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

「全然、気が付きませんでした?」

 体が痺れてまともに動けない雪之絵に、エデン母が近づく。 その歩みは、雪之絵の反撃は無いと信じて、無防備そのものである。

「くっ、」

 苦し紛れの手刀を横に払うと、エデン母はそれを軽く掴んで、雪之絵の後ろに回る。 続いて、両腕を左手一本で雪之絵の両腕を極め、完全に動きを封じた。

 そして、自分では立てない雪之絵を、無理矢理立ちあがらせる。

 普通、力の抜けた他人の体を持ち上げるのは、かなりの力を必要とするが、エデン母はものともしない。

 そして、耳元に口を近づけると、クスッと小さく笑ってこう言った。

「どうです? 私の香水は。 素敵な香りがするでしょう?」

 その言葉一つで、説明は充分だった。 雪之絵の今の現状は、戦闘中、毒を含んだ香水を常に吸い続けた結果である。

 毒の成分は、京次が冒された神経性の物と同じらしく、痺れる体は、辛うじて動かせる程度だ。

「くっ...」

 人生の中で数える事、三度目の屈辱。 相手が同性だけに、余計腹立たしい。

 歯ぎしりをする力も無い雪之絵を押さえながら、エデン母が、再び問い掛ける。 しかし、それは、とてもこの場面にそぐわない物だった。

「雪之絵真紀さん? あなた、鳳仙圭ってご存知ですか?」

「?」

 あまりに不可解な問いかけに、思わず考え込む雪之絵。

 もちろん、今現在、鳳仙家と陸刀家を牛耳る者の名前として、鳳仙圭の名前は知っている。 また、雪之絵と鳳仙家は昔から密接な関係にあるので、雪之絵自身、命が産まれる前に顔を合わせた事もある。

 しかし、鳳仙圭自身に、高い戦力があるわけでもないため、まったく歯牙にかけていなかった。

「彼がですね。 雪之絵真紀さんを、自分の所へ連れて来てほしいと言うんですのよ。」

 アケミに、雪之絵真紀の髪型を強要していたのは鳳仙圭。 だから彼には、何かしら雪之絵真紀に思い入れがあるのだろうと思ってはいたが、当の雪之絵にはまったく思い当たるフシはなかった。

 鳳仙圭と会ったのは、十七年以上前の話だ。

 当時の記憶を、無理矢理思い出してみれば、たしかに鳳仙圭の事が、二つばかり思い出された。

 一つ目は、鳳仙圭が雪之絵真紀の、まだ洗濯していない下着を漁っている所を、雪之絵自身が見つけ、彼女なりのオシオキをしてやった事。

 鳳仙圭のズボンを力ずくで脱がし、口でしごいてやると、性行為に為れていない鳳仙圭はあっけなく達した。 この時、その精液を、口移しで鳳仙圭に飲ましたが、これが彼のファーストキスだったらしい。

 二つ目は、当時の雪之絵真紀が好んで使っていた雪之絵屋敷の地下室に、鳳仙圭が忍び込んだ事だ。

 ただし、この時、雪之絵自身は、何もしていない。

 その時の地下室には、雪之絵が暴力で狂わせた、数人の男達が転がっていた。 その中に、非力な中学生の鳳仙圭は入っていったのだ。

 雪之絵真紀は、その数時間後、地下室が騒がしい事に気が付き、中を覗く。

しかし、結局どうでもいい事だったので、そのまま放っておいた。

「...でも、私の正式の雇い主である雪之絵御緒史は、あなたの事を殺せと言ってますし。」

 エデン母の言葉が、雪之絵を我に返す。 今は鳳仙圭の事など思い出している場合ではない。

「ま、鳳仙の雇った刺客が、首尾良く雪之絵命ちゃんを拉致出来たら、あなたも一緒に連れて行ってあげましょうね。」

 名案とばかりにエデン母は、雪之絵を捕まえたまま崖の方に歩き出す。 崖の手前まで行けば、命のいるアパートが一望出来る。

「鳳仙の刺客が失敗したら、私が命ちゃんを捕らえに行かなければなりませんので、その時は悪いのですけど、ここで死んで下さいね?」

 にこやかに話すエデン母に、アパートの見える場所まで連れてこられた雪之絵は、目を凝らして半ば闇に沈んだアパートを見つめる。 雪之絵は戦っている最中も、命の事が心配で、この状況は都合が良い。

「あ、これから始まるみたいですわ。」

 エデン母の説明通り、アパートの中庭で、鳳仙家の刺客と対峙する、雪之絵命とサラメロウの姿があった。


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