,り

屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

 京次達の住むアパートは、自然の残る町の外れにあるので、どこに行くにしても車を使うには近く、歩くには遠い、微妙な距離がある。

  用事があると言って出かけた京次は、今回は歩いて行くつもりらしいが、その足取りは随分と頼りない。 たまに、思い付いた様に町角を曲ったかと思うと、足を止めて辺りを見回している。

 しかし別段特別な物が見える訳でもない。

 杓子で図ったように同じような家が立ち並び、高層建築が周りにない為に視界が遮られる事もなく、遠くに山が霞んで見える。 在るべき所にそれがある、当たり前の風景が見えるだけだ。

 しかし、それを見る京次の目は、とても懐かしそうである。

 四季折々、どんな景色も既に見飽きてしまった、この町並み。

 京次は、小学校卒業直前にこの町にやって来て、それ以来、住処はずっとこの町だ。

 かつて通った高校も、隣の家が妻の詩女の実家だった皆月家も、この町の中にある。

 若かりし頃の思い出は、足を伸ばし、その場所に行く事によって鮮明に蘇る。

 たとえば、ここ。

 何時も、アケミと待ち合わせに使う川沿いの道。 昨日、アケミと人生初めての野外エッチを行った場所。

 この場所をアケミとの待ち合わせに使うのを提案したのは、皆月京次本人だ。 京次に取って、それだけ思い出深い場所であったからに他ならない。

 四年ぶりの再会の日。 一緒に帰り、告白をうけた場所。

 あの雪之絵真紀が、心から本気で自分の気持ちを伝えた場所。

 あの時の一言だけは、雪之絵の本心であったと、京次は今でも信じている。

 たとえば、ここ。

 現在、命の通っている高校。 かつては、京次も通った母校。

 雪之絵真紀と再開を果たした校舎は、新しい赤いレンガのオシャレな校舎に建て替えられているものの、詩女と君寧明人を巻き込み、警察ざたの事件を起こした体育館は、校庭の隅に残っていた。

 詩女を助けるという名目で、全力で雪之絵真紀と戦い、初めて勝利した場所。 あの時の人間関係の縮図は今だに変わらない。

 詩女とは、そのまま結婚してしまったし、君寧明人には、今でも色々助けてもらっている。

 雪之絵真紀は...そう思った時、京次はあるものを見つけた。

「あれも残っているのか。」

 京次は思わず笑ってしまう。

 体育館の横には、小さな体育倉庫も残されていた。 雪之絵真紀に縛られ、無理矢理犯された場所だ。

 あの時、雪之絵真紀の体内に放出した精子が、現在の雪之絵命である。

 あの時の事が、どれほど今の自分に多大な影響を及ぼしているのか。

 あまりに多大過ぎて、やはり京次は笑うしかなかった。

 そして、最後はここ。

 夕焼けの為、辺りが真っ赤に染る頃、京次はその場所にたどり着いた。

 ここまで来た時、京次は初めて歩みを止めた。

 その場所は、真っ直ぐ伸びる、ただの道。

 右側の林を越えれば小さな公園があり、左には、車や人通りの少なさに反して立派に舗装された、税金の無駄遣いを地で行く道路がある。

 奇麗なだけの、寂れた道。

 それが、皆月京次に取っては、最大の思い出の場所だった。

 幾つもある、思い出と言う名の記憶の中、赤が異様に強調された映像となって、それは残っている。

  夕焼けの中、彼女はこの道を踊るように歩いていた。

 入院中の京次のお見舞いに来たはずなのに、直接会おうとしなかった彼女。

  お見舞いの品だけを置き去りにして、それを京次が受け取らないと解った時、そのお見舞いの品を踏み潰し、その場を去った彼女。

 愛情も友情も同情も、何一つ持っていない彼女の後を、皆月京次は追った。

 その行動の理由を、京次は今だに答える事が出来ずにいる。

 自分さえも含んだ、誰一人思いも寄らない皆月京次の行動。

 しかし、京次がその彼女の背中に追いついた時、振り返った彼女は、当たり前の様にこう言った。

『来ると思っていたよ、京次。』


前へ、   次へ、