イタズラ書きされた廊下のカベを横目に見て、よくよくレベルの低い高校である事を実感しながら教室へ戻った俺は、窓際の一番後ろの席、絶対的な俺の指定席にどかりと腰を下ろした。
もう後5分ぐらいで昼休憩も終わり。
「腹へったなあ....。」
そうポツリと呟くと、狙ったかのようにアンパンが目の前に差し出された。
俺は視線だけを、その主に向ける。
俺の右に一人、ショートカットの見た目、ギャルっぽい女の子が笑顔で立っていた。
「.........」
「どしたの?お腹すいてるんでしょう?」
「.....よくわかったな。」
俺は、そのアンパンを手に取った。
「まーね。」
ショートカットのギャルっぽい女の子...クラスメートの、渡 詩女(わたり、しおみな)が笑う。
俺はこんなナリしていて、なおかつ喧嘩ばっかりしているせいで、一部の勇気ある男以外は目も合わせようとしないのだが、こいつは別だ。
小学校の終わり頃、この町に引っ越して来て、家が隣という事で知り合った、もう4年近い知人である。
前の町でのトラウマのため、女不信であるこのおれが唯一気を許して話せる女だった。
もっとも、こんな風に話せるようになるまでには、お互い随分時間を必要としたのだが。
「ケンカ?」
詩女が眉をひそめて小声で言う。
「ああ。」
俺はアンパンをかじりながら小さく答えた。
「もう、あぶないよ、やめなよ。」
「相手が絡んでくるんだぜ?なぐられるより、なぐった方がケガしねえよ。」
実に正論だと思う。詩女も、「う....」と、低く呻いて言葉を失っていた。
とは言え、詩女が本気で俺の事を心配してくれているのは分っているので、ありがたくは思っている。
元々、こいつのギャルっぽい格好は俺に合わせているだけで、本当はただの明るい女の子なのだ。
俺は心身ともに鈍い男ではない。詩女が俺に気があるのもある程度わかっている。
でも、今はまだ一人でいい。詩女には失礼な話だが、詩女の事を女として意識していないから、女性不信の俺が 一緒にいられるのだ。
たしかに誰かとつき合うとしたら詩女以外考えられないのだが、俺が詩女の事を自然に女として意識しだすのを、待ってもらうしかないと思う。
....もっとも、それまで詩女に待ってもらえればだが。
「ね、知ってる? 今日、今から、転校生が来るって話、」
「いまから?」
考え事をしている最中に、いきなり話かけられて少々驚いたが、その中身にはもっと驚いた。
「そんなの聞いてないな。 今までに一度でも、そんな話あったか?」
「んーん、私もさっき初めて聞いたばかり。何でも、いきなり決まったらしいよ。転校生のたっての希望でね。」
「希望って、そんな事出来るものなのか?」
「でしょうね、なんかすっごいお嬢さまらしいよ。」
「....て、事は女か。」
俺は詩女から目をはなす。そんな俺の顔を追いかけるように詩女はいたずらっぽい笑顔でのぞきこんだ。
「女の子だって、興味ある?」
「ない、」
「あはははは、そー言うと思った。でも、もうちょっと京次が女の子に興味もってくれたらな、あーあ、」
なにやら捨て台詞らしきものをのこして、俺の席から離れて行く 詩女。
興味はない、それは確かだ。
しかし、引っかかるものはある。 あの歌が頭をかすめた。
「まさか な、」
俺は無理矢理それを消した。