昼休憩が終わり授業が始まると思いきや、なぜか体育担当のクラスの担任が入ってきた。
昼の喧嘩がバレたか? 一瞬そう思ったが、いらぬ杞憂だったようだ。俺は先ほどの詩女の話を思い出した。
「えー、実は、今日、このクラスに転校生が、来ることになっていたのだが、家の事情で、今の時間まで、ずれこんだと言うわけだ。」
いかにも前々から、この転入は決まっていました。とばかりに話す担任だたが、お嬢様のワガママでいきなり決まった事柄なのは、俺を含めたクラス全員が知っている。
こんな不条理を押し通す事の出来る家柄のお嬢様とはどんな奴かと、みんな興味津々といった感じでなりゆきを見守っている。
それは俺も同じだ、ただし一抹の不安を持って。
先公は、黒板に大きく転校生の名前を書き付けた。
俺は、
「入ってきなさい。」
「はい、」
その名前を見て。
その声を聞いて。
扉を開けて入ってきた、その姿を見止めて。
俺の体は硬直した思考とは裏腹に、前の机を吹っ飛ばして立ち上がった。ついでに言うと、飛んでった机は、前の席の男子生徒の後頭部に直撃したが、思考の止まっている俺にはカンケーない。何事かと、担任と周りの生徒が俺に視線を送るが、これもカンケーない。
転校生、雪之絵真紀も又、俺を見つけるとその視線を俺から離す事はなかった。
「雪之絵 真紀(ゆきのえ まき)です、よろしくお願いします。」
鈴とした声、担任の横での普通の挨拶。しかし雪之絵はその後、今の状況をまったく意に介する事なく俺に向って歩き出した。
俺は立ち上がった時とは逆に、思考に怒りや恐怖、恨みなど、あらゆる負の感情を浮かべながらも、体は金縛りにあったように動かなかった。いわゆるヘビに睨まれたカエル状態だ。
俺に歩み寄って来る雪之絵は美しかった。お嬢様特有であろう気品と礼節を共有する、その物腰と雰囲気、いずれも小学校の頃には無い物だった。
少々違和感を感じている俺に対し、雪之絵はとうとう俺の側までたどり着いた。
そして、まるでそれが当たり前な行動であるかのように、俺の胸に寄り添う。
この時、俺に落雷と猛吹雪が襲った。
「うおおお!!!」
体中を駆け回る悪寒、俺は鍛え抜いた脚力全てを使って後ろへ飛んだ。
俺の席は一番後ろ。よって壁まで少しの距離しかない。
ガツン!と、しこたま後頭部をぶつけてひっくり返る俺。
しかし、それどころではない、聞こえるあの歌。 ーーーちんこ、まんこ、ちんこ、まんこ、
「京次!大丈夫!?」
驚いて、近ずこうとした雪之絵に対し、俺は牙をむいて吼えた。
「よんじゃねえよ!! こん悪魔が!!!」
雪之絵の動きがピタリと止まる。
「そんな....」
小さく、そんな声が聞こえたような気がした。
クラスの中が静まり返っている。
無理も無い。この中の誰一人、何が起こっているのか解らないはずだ。
俺は逃げる様に、いや、間違いなく逃げるために教室を飛び出した。
静まり返る教室の中、雪之絵が両手で顔を覆って肩を振るわせているのが見えた。