クレイモア SS

ま、そんなオッカナイ事を雪之絵が考えているとは露知らない俺は、雪之絵がいない日々を満喫してんだな。

「くあぁー」

俺はのびをしながら、あくびをした。

すでに辺りは暗くなっているが、俺は気にする事なく、ゆっくりと帰路についていた。

俺の隣に、あの雪之絵はいない。

うれしい事に、ここ三日ばかり家の用事とかで、割と遠い所に行っていて、後、四日は帰ってこない。俺はありきたりの自由と言うものを満喫していた。

俺と雪之絵の関係は相変わらずだ。回りの淫乱なウワサのため、俺と雪之絵はつき合っている事にされ、何時いかなる時であれ、雪之絵がHに誘ってくる、これを毎日繰り返していた。

一応、雪之絵を抱いた事は何度かある。あんまりしつこく誘ってくるので黙らせるためなのだが、それはあくまで普通のSEXだ。雪之絵の性癖には、とてもじゃないがついてついて行けない。

いや、ついていけないのは雪之絵そのものか、俺は雪之絵の事が嫌いなのだ。

「ふう」

俺は大きくため息をついた。

雪之絵が帰って来るまであと四日、何とかあの女と手を切る方法はないかと考えながら歩いていたが、家にたどり着くまで、まったくいい考えはうかばなかった。

「....ん?」

俺の家の前に、誰かが居る。

辺りはかなり暗くなっている、それが何者なのかよく見えなかった。

向こうも同じだったのか、そいつは、ぼんやり光っている街燈の下へ移動した。

「詩女?」

俺は声を上げる。そこに立っていたのは、よく知っていると同時に思いがけない人物、渡 詩女だった。

「何してんだ?お前、」

俺は少し躊躇した後、そう声をかけた。

「京次の事、待ってた。」

詩女は、静かに、そして、ほんの少しの笑顔でそう答えた。

にににに

になむ

とりあえず詩女に家に上がってもらう事にした。

別にやましい考えがあるわけじゃない。雪之絵とウワサの立っている俺と、一緒にいる所を見られるのは、詩女にとって良くないと思ったのだ。

俺は母と二人暮らしで、なおかつ母は仕事で帰るのが遅い。 よしんば帰って来たとしても、詩女が俺の部屋に上がるのは珍しい事ではないので、変に勘ぐられる事はないだろう。

しかし、俺と、おそらく詩女の心中は違う。

あの雪之絵が来てから、俺と詩女の関係は、おそらく壊れた。

俺と雪之絵の淫乱なウワサ。子供の頃、俺が雪之絵を襲い、そのため雪之絵は病的に俺に付きまとっている。襲った襲われたが、まったく逆のこのウワサが広まった後、詩女が俺に近づく事はなかった。

当たり前だ。そんなウワサの渦中にいる男の側など、居たいはずがあるまい。

嫌われて当たり前なのだ。

部屋に上がった詩女に座布団を進め、そこに座らせる。

前には、どっかのオヤジが見たらひっくり返しそうな円いテーブルがあり、その上に缶のコーラを置いた。もちろん、飲め、と言う事だ。

そして、部屋のスミで見つけた有名スナック菓子を、コーラの横に置く。もちろん、食べろ、と言う事だ。

それを見ていた詩女が困ったような顔をした。どうやら俺の対応は、女の子に対し正しいものではなかったらしい。よく覚えておこう。

「何だ?俺に用事か?」

いまいち詩女の顔をまともに見られない。詩女も同じらしく、少し俯きかげんで答えた。

「ん、ちょっと聞きたい事あってね。」

「何だよ?」

「....京次、少しソワソワしてない?どうしたの?」

「いや、早く用件済ませて帰った方がいいぞ。俺とウワサになる様なマネは、極力避けた方がいい。」

本心だ。

この近所には、俺達と同じ学校の生徒が沢山住んでいる。俺の側に居る所を見られたら、たとえそうでなくても、詩女に申し訳ないウワサが立つのは間違いないのだ。

しかし詩女は、俺の心配を他所に、しれっとこう答えた。

「大丈夫だよ。だって、みんな知ってるから、...私が京次を好きだって事。」

しれっと言った、その言葉を聞いて俺は呆気に取られてしまった。でも当然だろう、こんな簡単に、こんなとんでもない内容の話を聞かされれば、誰だってこうなる。

「な、なーに?気付いてなかったとは言わせないわよ。」

明るく笑いながらおどけて見せる詩女だったが、その顔は真っ赤に染まっていた。

初めての告白。セリフを決めていたのか、それとも流れに乗ったのか、それは解らないが、 詩女を見れば今の告白は一大決心であった事がよくわかる。

「.....」

おそらく詩女は、早く俺に何か言ってほしいはずだ。しかし俺の方は、思いがけない今の告白に、完璧に固まってしまっていた。

たしかに、詩女が俺に気があるのは知っていた。しかし、それはあくまで雪之絵に再会する前の話だ。

あのウワサが広まった後、俺は詩女に嫌われたと思っていた。

「あ...」

詩女は、どうやら俺が黙っている事が告白の返事だと思ったらしい。無理矢理作った笑顔が、苦笑に変わった。

「あ、あのね、私聞きたい事あったんだけど、その必要無かったかな。」

「ちょ、ちょっと待て!その前に聞きたい、お前俺の事嫌いなんじゃねーのか?」

詩女は小さく、「何で?」と聞いてきた。

「俺と雪之絵のウワサ、知ってるだろ?」

「知ってるよ。そうね、屋上で雪之絵さんにイジメられてたって聞かされてなかったら疑ったかもね。」

詩女は、やさしく微笑んで、真っ直ぐな視線を俺に向けた。


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