「どこまで本当の事か知らないけど、京次が優しいの知ってるから、子供の頃、雪之絵さん襲ったなんて、信じないよ。」
「おいおい、俺が優しいわけないだろ。」
聞き捨てならない言葉だ。ご近所最強を自負するこの俺だ。そんな、弱い者を表わす言われ方されるのは心外だ。
しかし詩女は、軽く頭を振った。
「覚えてるよ。中学二年の時かな、道端で死んでいたノラ犬、泣きながら埋めてたでしょ。」
今度は俺が赤くなる番だった。
「みてたの?」
俺の言葉に、詩女はニッコリ頷いた。
確かにそんな事があった。
でも俺が優しいからって訳じゃない 。
あの時、中学二年の頃、俺は道端で死んでいる犬を埋めた。
おそらく、交通事故。
俺は、可哀相だから泣いていたのではない。見知らぬノラ犬だ、悲しいはずがない。
しかし、その犬に自分の姿がダブった。
もしかしたら、この犬は車に引かれた時、まだ生きていたのではないか?
もしかしたら、その目で町ゆく人を見ながら、自分を助けてくれるのを待っていたのではないか?
そして、結局、誰にも手は差し伸べられず、いつしか一匹で死んでいったのではないのか?
そんな事を思っていたら、俺にダブった。
雪之絵に犯されているのを誰にも言えず、それでも助けてもらいたくて、親を、友達を、先生を見ていたあの頃。
それがダブったのだ。
「...京次、やっぱり優しいよ」
詩女が、俺を見つめて呟く。
「!!」
事もあろうに俺は目になみだをためていた。大失態だ。大慌てで何でもないフリをしたが、今さら誤魔化せるはずもない。詩女は気を利かしてそれ以上何も言わなかったが。
それにしてもハズい所を見られたし、見ていたものだ。詩女もよくあんな昔の事を....。
ん?
俺は、ここで、ある事を思い出した。そして、それをあらためて思い返し、確信に至った。たしかに犬を葬った後だ。
詩女が俺を救ってくれたのは。
愚かにも、今まで考えもしなかった現実に気づき、俺は目を見開いて詩女を見つめた。凝視と言ってもいい。
「ど、どうしたの?京次?」
詩女は少々慌てて取り繕う。もしかしたら、俺が怒ったとでも思ったのかも知れない。
「いや。」
俺はとりあえず笑って見せた。
それを見てホッとしたらしい詩女が、話の続きを始める。
「私ね、聞きたい事あるの。」
「なんだ?」
「京次、雪之絵さんの事、好きなの?」
そんな訳がない、あるはずがない。
「嫌いだ!!」
俺は声を荒げた。気持ちを表わすに相応しい口調だったと自画自賛出来る物だった。しかし、詩女は驚いてしまった様だ。
「そ、そう。」
「うむ!」
「私、ウワサはともかく、二人は付き合っている物だと思ってた。いつも一緒にいるし。」
「付き合ってないぞ。」
「うん...何か二人見てたら、京次、イヤがってる様に見えて」
「イヤがっていたぞ。」
「二人が相思相愛なら私、諦めようかと思ったけど」
「嫌ってるぞ。」
「そうでないなら私、あきらめたくなくて。」
「諦めなくていいぞ!」
「...京次、せっかくのいい雰囲気ぶち壊し....」
ため息をついて呟いた詩女だったが、俺の方は、テンション落とすつもりも言葉を止めるつもりも、まったくなかった。
「俺は雪之絵が嫌いだ!元々付き合っているつもりも無かったし、お前は諦める必要なんかない!俺はお前の事が、好きだ!」
テンション上げなければとても言えなかった言葉。
詩女が真っ赤になって伝えてきたのと同じ言葉を、俺は返す事が出来た。
詩女はどう思っただろう。
彼女の言う通り、デリカシーのかけらもない俺の言葉に詩女はどう思っただろうか。
少しだけ心配したが、する必要のない危惧である事は、目の前の笑顔が十分に物語っていた。