ほのかな温かさの日差しに身を任せられる窓際の席。 加えて教師の目の届きにくい一番後ろの席。
校庭を眺める事によって、退屈な授業を多少なりとも紛らわせられるこの席は、誰からも好まれる人気のある場所だ。
『ココ、一年間私の席ね。』入学初日にそう公言して、窓際の一番後ろの席を他のクラスメートから奪い取った雪之絵命は、今もってその場所を使い続けている。
初めはあったクラスメートの不平不満も、命がサラメロウや皇金と戦う姿を目の当たりにしてから、ピタリと止んだ。
あの時以来、平静の戻ったこの教室。 しかし、人間関係は少しだけ変化している。
まず、元々開いていた命とクラスメートの距離が更に開いた事。
そして、水面下での通称「クズ男撲滅委員会」の四人(命、タケ子、カズ子、高森)の仲が微妙に変化した事だ。
カズ子は足の骨折以来、まだ復帰していないので省かれるが、他三人の関係は明らかに変わっていた。
「パパ、今は駄目だって言ってた。」
ちゅー
「何で? 私の住んでる所、女子寮なんだよ!? 別に命が泊りに来たっていいじゃない!?」
机を前後に付けて、昼食を取っている命とタケ子の話の内容は、以前流れてしまった『お泊り会』である。
タケ子の所に泊りがけで遊びに行きたいと京次に頼んだ命だったが、許可してもらえなかったのだ。
京次がタケ子を”陸刀アケミ”の切り札と知っている訳ではないが、鳳仙家等三家に狙われている命を、夜中に自分の目の届く範囲に置いておきたいと思うのは、しごく当然である。
「...パパが言ったから駄目なの?」
「うん。」
パンと飲み物を機械的に片付けながら、事も無げに言う命の姿がタケ子を苛立たせる。
思春期の子供は、親の言葉に反発するものだが、命にはそれが無い。 それどころか、命は『心配だから』と言った京次の言葉を喜んですらいるようだ。
「あーやだやだ! 親って何時もそうだよね。自分の杓子で計って、子供の言う事を何でも否定するのよね!」
「しょうがないよ。 だって心配してくれてるんだし。」
苦笑して答える命を見ながら、タケ子は「やっぱりか。」と口の中で呟いた。 そして頬杖を付いて暫く考え込む。
「...じゃあさ、私が命の所へ泊りに行くのはどう?」
「ああ、」
考え抜いた割には在り来たりな譲歩案だったが、確かにこれなら京次に心配掛けないですむ。
「それならきっと大丈夫。 で、泊りに来る日何時が良い?」
「え? 今日はマズイの?」
「それがねー。今日の夜、家に鬼嫁詩女が来る事になっててね。」
言いながら、咥えているストローを齧る。 命を見るに、本気で忌々しそうだ。
「また珍しい。 パパさんと鬼嫁さんは、普段外で会ってるんでしょ?」
京次と詩女が、まるで恋人の様に腕を組んで歩く姿は、命もタケ子も度々目撃している。
「パパ、まだ本調子じゃないからさ。 それで鬼嫁詩女が帰るまで自分の部屋から出るなって、パパから言われてるんだ。」
「ふーん。」
「悔しいな。 鬼嫁詩女と私、邪魔者扱いは私の方なんだもん。」
「成る程ね。 でもそれなら...」
タケ子が何か言いかけたのを、命が手で制す。
「ゴメン、ジュース無くなった。 新しいの買ってくるから待ってて。」 そう言って席を立とうとした命を、今度はタケ子が制した。
「リンゴジュースでよかったら、私の上げようか?」
「ホント?サンキュ。」
差し出されたパックのリンゴジュースを受け取ろうと、命が手を伸ばすが、それと同時にタケ子は何故か手を引っ込める。
口の中に流れ込む、リンゴ味の甘い液体。
一瞬驚いた命だったが、直ぐに我に帰り、タケ子から受け取ったものをしっかり味わった上で、胃の中に収めた。
「はぁ、」 唇を離した命とタケ子は、ほぼ同時にため息を漏らした。
現在、タケ子は人目をはばからず命に迫るようになった。 命にそのつもりは無いが、今や二人は公認の変態カップルである。
「やっぱり、今日泊りに行くわ。私が命の事、慰めて上げるからね?」
耳元で囁くタケ子の言葉に、命は真っ赤になりながら、コクンと肯いた。
それから、命かタケ子のどちらかと付き合っていると思われていた高森夕矢。