我に帰った雪之絵真紀が、テレビ画面に映る鳳仙圭に視線を送ると、命の頭を踏みつけていた足が、何時の間にか床に下ろされていた。
「情けない男...」 雪之絵が鼻を鳴らして笑う。
しかし、無理もない話である。
元々命は、人質としては、それ程役には立たない存在である。 命の中に封じられた呪いがある以上、命に子供を産ませる前に殺す訳にも行かない。
もし殺したら、封じられている呪いが開放され、復讐を始めるのは確実なのだ。 特に、呪いを封じた張本人の血筋である鳳仙は、真っ先に祟られることだろう。
今まで、命に対する暴挙が可能だったのは、絶対に自分の敗北などありえないと思っていたからに過ぎない。 しかし、竜王が容易く破れた今、鳳仙圭は、皆月京次に勝利する自信がなくなった。
生命を交渉材料に使えない人質が、どれ程の価値があるかと言われれば、自分の敗北が現実となった時、延命の交渉に使える。 それ一つだけだ。
「...そんな事より、あれが京次の”獣の巣をつついた”状態。」
雪之絵真紀は、かつて子供を守る為に、実力以上の力を発揮し、京次に勝利したのを思い出す。
圧倒的な実力。 そして何より、何のためらいもなく人間を惨殺して見せた事実。
竜王を見下ろす京次の目には、後悔の欠片も見ては取れなかった。
「まあ、そうでなければ、命を託したりはしなかったけどね。」
そう呟いた雪之絵真紀は、実に嬉しそうだった。
最終話、前へ歩く(その九) 終、