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今、鳳仙圭とアケミが見つめる監視用テレビ画面には、京次が空けた廊下の壁の穴が映っていた。
皆月京次とエデン母の『五秒間の戦い』が、壁に大穴を空ける大音響で終焉を迎えてから数分。
エデン母を追い、穴の中に入って行った皆月京次は、未だその大穴から出てくる様子は無い。
元々、監視カメラは不審者を部屋に入れない為に付けられている物。 だから、廊下には多数の監視カメラが存在したが、部屋の中には、テレビ電話の用途で使うカメラが一つ、テレビ本体に付いているだけだった。
そのたった一つのカメラも、吹っ飛んだエデン母が”偶然”ふち当たり壊してしまった。
つまり、皆月京次とエデン母が部屋の中で何をしているのか、誰も知る方法は無い。
「中で、何をしているのかしら?」
アケミは、特に誰かに問いかけた訳でも無かったのだが、何かを思い付いた鳳仙圭がそれに答える。
「...もしかして、瀕死のエデン母を犯しているんじゃないか?」
訝しげな視線を向けたアケミに気が付く事無く、鳳仙圭は口の両端を吊り上た。
「ふん、所詮は男だな?」
皆月京次という男をここまで見続けて、一部の隙も見つけられず、心底焦っていた鳳仙圭に余裕が戻った。
欲望の赴くまま女をレイプするような男なら、何時も交渉し、アケミの体を使わせている財界の男達と何も変わらない。 そんな男なら、幾らでも交渉の仕様がある。
「...暴力、使っているかも知れないけど...目的は欲望とは違うと思う。」
「?」
一瞬、アテが外れたという表情を見せた鳳仙圭だったが、直ぐにそれどころでは無いのだと気が付いた。 アケミの言う事が当たっているならば、皆月京次はすぐさまこの部屋まで辿り着いてしまう。
ひたすら広い鳳仙屋敷。 この部屋まで辿り着くには、今から、少なくとも一時間は必要だと考えていた。
しかし、これでその思惑も崩れた。 早急に別の手立てを考える必要に迫られたのだ。
爪を噛み、眉間にシワを寄せる鳳仙圭だが、アテが外たと考えるのはアケミも同じだった。
雪之絵命を拉致したのは鳳仙圭の指図である。しかし、アケミは自分の意思を持ってその命令を遂行した。
命を黒い瞳にしてしまえば、鳳仙圭を始め、雪之絵や鳳仙の主要人物を皆殺しにしてくれる。 後は、桐子や加渓、サラメロウや陸刀の仲間達と、地の果てまでも逃げれば良いと思っていた。
しかし、放っておいて『黒い瞳』が発動するというものでも無い。
命を『黒い瞳』に変化させる確実な方法が見つかっている訳ではなかった。
だからこそ、手段や方法を問わず、命を追いつめようと考えていたのだが、皆月京次、この男が大誤算だった。
命を追いつめる手段として『暴力』『強姦』、そして全幅の信頼を寄せている雪之絵真紀が、目の前で犯され殺されでもすれば、間違い無く雪之絵命は『黒い瞳』に成る。 アケミはそう思っていた。
しかし、命に対する鳳仙圭の暴力も、京次の力を目の当たりにして中途半端に終わってしまい。 命を犯すなど、今は考えもしない。
皆月京次はアケミに取っても最愛の男なので、決して傷付いて欲しいと思っている訳では無が、しかしである。
自分が自由になるという目的の為に、何も知らない妹の陸刀加渓を利用し、自分を慕う鳳仙桐子を利用し、沢山の陸刀家ヒットマンを死なせてしまった。
これまでの犠牲を考えると、全ての思惑を破壊する皆月京次の強さは、アケミに取って嬉しい事実とは言えなかった。