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確かに、京次の言うとおりだった。 毒の香水は、エデン母の狂言である。
筋肉強化剤と、もう一つ用意していた切り札。
「...何故?」
「俺は、お前が現れてから、念の為に呼吸を止めてたんだよ。 だから、ほとんど喋らなかっただろーが。 ...もっとも、お前がベラベラ喋るから、その心配は無いと解ったがな。」
「何故?」
「雪之絵に感謝するんだな。 冷静さ取り戻していない俺だったら、間違い無く殺していたぜ。」
「あからさまに手加減して戦えれば楽なんだが...」
「俺は、甘い男だと思われるワケには行かねーんだよ。 そうでないと、鳳仙圭ってヤツが命に手を出しやがるからな。」
絶句するエデン母を見ながら、人差し指で、コナゴナになったテレビモニターの残骸を指差した。
「だが、カメラ付きのモニターは、ぶっ壊したし。 マイクも、たった今踏み潰した。」
京次が足を上げると、潰れた小型マイクが現れた。
「モニター越しとはいえ、俺の戦いぶりを見ていたのなら、まさか俺が手を抜いて戦ったとは思わないだろう。」
話をしていて、鳳仙圭の命に対する暴力を思い出したのか、京次のこめかみに血管が浮き出た。
しかし、それよりも、京次の言葉に気になる個所があったエデン母は、身を乗り出し、睨まれるの覚悟でそれを聞きただす。
「今、カメラ付きのモニターを、壊したと言いました?」
「ああ? 言ったがどうした?」
どうしたではない。
「まさか、狙って......」
京次に殴られて、吹っ飛んだエデン母がぶつかったから、モニターは壊れたのだ。
エデン母が、ゴクリと生唾を飲み込む。
「それから、手を抜いて戦ったというのは...」
いや、それは、聞くまでもあるまい。
今思えば、皆月京次が手を抜いている場面はたくさんあった。
布に隠れたエデン母にみまった手抜きの掌打。 蹲った状態からの、外れたアッパー。
全てを理解した。
手を尽くして戦ったエデン母。
完敗とい名の敗北。 いや、そんな甘いものではない。
皆月京次は、エデン母を相手に演技をしていただけ。
京次のいる土俵に、エデン母は上がることすら出来なかったのだ。
「く、ふふふ。」
幾分時間を置いた後、エデン母がまた笑い始めた。
「まったく、信じられませんわ。 あなたなんて、私は全然知りませんよ?」
何の話だか京次には解らなかったが、エデン母は、こう言いたいのだ。
世界一のSPである主。それをサポートする妻。 エデンの家族は、殺し屋家業に転職する前から、相当な有名人だった。
そんな二人の仕事柄、表裏問わず、世界各国の強者の情報は仕入れた。 それも、かなり詳しく。
「完全無名の男。 それが、何でこんなに強くていらっしゃるの?」
「強くなる為に努力したからだろ?」
「私より強い戦士は、それは沢山いますわよ? でもね、無名というのはありえませんわ。」
金の為、名誉の為、生きる為、自分の存在を誇示する為、武道の道を極めんが為、ただ暴力が好きなだけ...どんな理由にせよ、目的を果たそうとすれば、おのずと名前は売れて行くものだ。
「人間は、目的が重要なら重要なだけ努力できるもの。 無名のままでいられる重要な目的って、一体何ですの?」
「...お前、馬鹿か?」