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現在通う高校の制服に着替えた雪之絵 命が、朝っぱらとは思えないテンションで、脱衣所で歯を磨いている皆月 京次に飛びついた。
色んな意味で中学生の頃より十分に成長した命だったが、これまた色んな意味で、京次はびくともしない。
「おふぁゅおう、みここ」
歯ブラシを咥えて振り向き、だる気な挨拶を返した京次の目の下には、クッキリとクマが出来ていた。
「...どうしたの?見るからに怪しいよ?」
「もうちょっと、まともな心配の言葉はないのか。 少し、夢見悪かっただけだ。」
「ふーん、じゃあ、私が元気にしてあげよーか?」 命の方がよほど怪しい笑顔であると、京次は思う。
「どーやって?」
「勿論、おはようのキス。」
しゃこ、しゃこ、しゃこ、と、咥えている歯ブラシをわざと動かして見せる。
「お前は、俺がこんな状態でも良いと言うのか?」
密着している体に加え、足をも絡めて来る命に対し、京次は呆れた様に一息ついて、ひらりと身を躱す。
しかし、最近の命は、確かに色っぽい。 外見はさる事ながら、雰囲気まで母親の雪之絵真紀に似て来て、京次はとても心配である。
「いーから、とっとと学校いかんかい。」
しゃこ、しゃこ、しゃこ、と再び京次が歯を磨き始めると、命は「ちぇーっ、パパ往生際わるーい。」と洩らして玄関へ向けて歩き出した。
「あ、待て命。聞いておきたい事がある。」
廊下にあらかじめ用意しいおいた鞄を取った命が、そこで足を止めた。
「なーに?」
「たしか、カズ子ちゃんの名字は鳳仙、タケ子ちゃんの名字が陸刀だったよな?」
「そだよ、よく知ってるね。でも何で?」
「いや、聞いてみただけ。」
命は、少しだけ訝しげに見ていたものの、さほど気にする事ではないと判断したのか、元気に「いってきまーすっ!!」と子供の余韻を感じる声を上げて、アパートを出て行った。
「...」
一人納得した京次が、その場に残される。
「敵の正体は陸刀、鳳仙、雪之絵の三家と、悪霊かよ。」
「ま、命は俺がキッチリ助けるから、自分をそう責めるなよ。カズ子ちゃん。」
呟きと同時に、手に持っていたカップが音を立てて割れた。