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屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

 一歩、足を踏みおろす。 

 カツン、と小さく響いた音は反響を繰り返し、消え去るまでに当分の時間をつぎやした。

 カズ子は、まだギブスに固定されたままの右足を使って冷たいコンクリートで造られた階段を降りていく。

 やたらと響く足音は、この場所が音の洩れない密閉された空間である事を示し、さらにコンクリートの壁の向こう側に空洞が無い事を教えている。

 そして、薄暗いとくれば、この階段がどこに繋がっているのか、想像に難しくはない。

 そう、

 カズ子が今向かっているのは、鳳仙家屋敷の地下室だ。

 勿論、こんなカビ臭い場所に、自ら来たいはずもないのだが、それでも”行かなくてはならないから”そこに行く。

 地下室は、地上三階程の長さの階段を、地下に伸ばした所にあるので、さほどの時間はいらない。 今回も、いともあっさり地下室にたどり着き、カズ子は躊躇なく、防音に優れた厚い扉を開けた。

「あっ、いや、あは、はぁはぁ、はん...」

 途端に聞こえた女の喘ぎ声。  しかしカズ子は、それを当たり前のように聞き流した。

 この部屋で、その声を聞くのを馴れている証拠。 つまり”当たり前だから”聞き流したのだ。

 しかし、今、カズ子が足を踏み入れた部屋には、女の姿は見えない。 喘ぎ声は、部屋の奥にある扉の向こう側から聞こえて来る。

 階段同様、灰色のコンクリートで造られたこの部屋には、、気だるそうに壁にもたれて座り込んでいる若い男が、一人だけいた。

 いかにも今は一休み中、と言った雰囲気で座っているその男を、カズ子は苦渋に満ちた表情で、こう呼んだ。

「兄さん...」

「桐子か、」

「お前が来たって事は、もう接待終了の時間か?」

「その通りです。 『最後の一組』も、もうすぐ終わりです。」

 兄と呼んだその男に、きつい口調で言い放った後、視線を合わせる事なく、部屋の奥にある扉へと向かった。

 今だ、絶え間無く女の喘ぎ声の聞こえる扉の向こうは、普段 『接待室』 と呼ばれている。

 その扉には、小さな覗き穴が開いていて、そこから中の様子を観る事が出来た。

 わざわざ見るまでもない。 カズ子は中で行われている行為を、今まで数え切れない程、目の当たりにしてきた。

 しかし、それでも、カズ子は中を覗く。

 見て見ぬふりは、したくないから。

そこには鳳仙家の操り人形である、陸刀アケミの、本当の姿がある。

アケミの独白。(前編 終わり)  


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