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「命さんが蹴り入れて、気絶させるからですよ。」
間髪入れず高森がツッコミを入れる。 しかし言葉は、京次のこの行動を、高森も納得していない事を意味している。
気絶してしまったサラメロウを前にして、どうしようかと散々悩んだ京次の答えは、『とりあえず、家に連れて行こう。』だった。 それ故に、星の光が頼りの夜道を、京次がサラメロウを背負って歩いているのだ。
「まあ、子供の不始末は親が償うものなのだよ。」
うな垂れながら、もっともらしい事を言ってみる京次。 表情が冴えない事を見ても、京次自身も困っている事が解る。
戦いの前に聞いた、サラメロウの言葉。
サラメロウの実力を、自らが相手をする事によって見定めた京次は、『ま、放っておいても、鳳仙から逃げ切れるだろ。』 そう気楽に結論付けていた。
「何でー!?放っておけば良いじゃない!? 目を覚ましたら自分でどこへでも行くわよ!!」
何も知らない命の言葉は、扱くもっともだ。
「放っておけない事情があるのだよ...」 京次が、更に、うな垂れて呟く。
『 鳳仙の連中からなら、まあ、逃げ切れるだろう。』 これ自体は今でも変らない、京次が気にしているのは鳳仙ではない。
命の蹴りによって気絶したサラメロウの生命を脅かす者、それは雪之絵真紀だ。
二度にわたって娘の命を狙ったサラメロウを、雪之絵真紀が捨て置く訳がない。 気絶したままのサラメロウを、そのまま放置しておけば、確実に殺されるだろう。
京次とサラメロウの勝負が決した時点では、まだ雪之絵真紀は陸刀のヒットマンと戦っている最中だった。 だから、直ぐにサラメロウを逃がせれば、鳳仙だけでなく雪之絵真紀からも逃げ切れたはずなのだ。
しかし、命の蹴りが、それら全てをぶち壊してしまった。 京次の落胆も無理無いのではなかろうか。
「ま、子供を一人で放置して良い時間じゃないしな。」
子供と言う部分に、ひっかかりを感じた命が、高森と目を合わせた。 どうやら、高森も同じだったらしく訝しげな視線を返している。
「...パパ、何言ってるの? ソイツのどこが子供?」
「おいおい、命こそ何言ってんだ? この子、お前より年下だぞ?」
「ほら?」
「命、止めろよー。」
「嘘だよーっ!!ソイツが私より年下だなんてありえないわ!!髪、荒れ放題だし。 肌も手入れしてないし。ひねくれた顔しているし。 性格は地獄の亡者だし。 」
「命、止めろよー。(折角、寝たふりしてんだからさー。)」
怒りの為にワナワナ震えるサラメロウに気が付かないフリをしながら、京次はフォローを入れる。
黙って京次と命の会話を聞いていた高森が、命の耳元に口を近づける。
「今の話が本当だとしたら、京次さんって、本当に女性に対しては敏感ですね?」
「だよね?これで、自分は女運悪いなんて言ってさ、ふざけんなって感じよね。」
「ですね。 自分は好かれていると勘違いした女性に付きまとわれるのも当然でしょうね。」
思わず出て来る本音のひそひそ話。 でも、京次にはしっかり聞こえている。
「でもさ、何でパパがオンブしなきゃなんないの?!」
どうやら命は、これが一番気に入らなかったらしい。 声のトーンが明らかに高くなっている。
「この場合、高森がソイツをオンブして、パパは私をオンブするのが、正解だと思うなっ!」
「命さんを背負うのは兎も角、京次さん片手を骨折しておられるのでしょう? 僕が代わりましょうか?」
「...いや、大丈夫だ。」
命はすっかり忘れていたが、京次は手の甲の骨を折っている。 高森の申し出は京次の身を心配しての事であるが、それでも辞退するしかなかった。
まだ体の自由が効かないとはいえ、意識そのものは回復しているサラメロウを、 そのまま高森に預けるのは危険だ。
「もーっ解ったわよっ、じゃあ私が足持って引きずって歩くからいいでしょ!?」
「良くないだろ。 ゆーか命、お前何でオンブにこだわるんだよ? 」
「そうだったか?そうだったかな?」
京次は、過去の記憶を引っ張り出してみる。
一つ、一つ、積もり積もった思いでのどれを見ても、確かに命を背負った記憶は無かった。
「本当だ。 まあ、今度オンブしてやるから、今日はガマンしてくれ。」
「問題の答」 終わり。