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呪術を持って、タケ子を操る練習をしているカズ子を一人残し、陸刀アケミは自分の部屋へと戻った。
陸刀アケミは現在、訳あってカズ子達、鳳仙家の屋敷に下宿している。
発生の理由はともかく、昔ながらの旧家である鳳仙家の屋敷は、寺か道場かと言うぐらいだだっ広い。
陸刀家の屋敷も似たような物だが、造りが純日本風家屋なので、今、アケミが歩く廊下も、数ある部屋も、一面黒光りする木材だけが目についた。
立派な木材をふんだんに使った、旧日本家屋。 普通なら暖かみがありそうだが、アケミは鳳仙家の屋敷に、そんな物は微塵も感じない。
元々、森の中で葉を茂らせていたであろう大木。 無理矢理切り倒され、都合の良い形に加工され、永久に鳳仙家を守り使われる。
ここに使われる木材は、決してこんな形になる事を望んではいなかったはずだ。
逆らう事を許されず、鳳仙家に永久に使われ、利用される為だけに、存在する。
「まるで、私や加渓、それと雪之絵の女みたいよね....」
そんな事を呟きながら歩いているうちに、陸刀アケミは自分の部屋にたどり着いた。
壁と見間違えそうな真っ黒い引き戸を、ガラリと開ける。
「ええ、ヒットマン達全員に招集かけておいたわ。 近日中に集まるでしょう。」
アケミは、何時までも鳳仙家に下宿するつもりはないため、部屋にある物と言えばベットと洋服ダンスくらいだ。 そんな殺風景な部屋の中、青いマントで体を覆った褐色の女。 サラメロウが立っていた。
アケミが全然驚いていない事からも、サラメロウが、ここに居る事を初めから承知していたのだと解る。
サラメロウの言った、ヒットマン全員招集。 その意味は、まったくの言葉通りで、アケミは雪之絵命を攫う為に、陸刀家の飼っているヒットマンを、全部使うつもりでいるのだ。
今回、学校での一件は、アケミ自身、予想外の結果だった。
皇金を撃破する命の実力も、一番信頼しているサラメロウを、戦わずして退けた雪之絵真紀の力も、アケミの予想の範疇を超えていた。 特に雪之絵真紀はサラの話を聞く限り、桁違いである。
「でも、いいの?アケミ。 ヒットマン全部使うなんて、仮に失敗したら後がないわよ?」
陸刀家は、鳳仙家の様に不可解な力を持っている訳ではない為、ヒットマンの数と実力が、陸刀家戦力の全てである。
もっともなサラメロウの言葉に、アケミは意味有り気な笑顔を返した。
「サラ、雪之絵命には勝てるのよね?」
「そうね、勝てると思うわ。」 サラは、今日の命の戦いぶりを思い出す。
たしかに、キレといい、技といい、命は非凡な物を持っている。 しかしサラから言わせれば、まったく使い方がなっていなかった。
いきなり殴り掛かるパターンは決まっているし、それに、『常に視線が向いている所に攻撃する。』という弱点があった。 命がサラメロウに殴りかかった時、サラメロウが防御を、ほぼ頭部に集中したのはこの為である。
命の目を見ていれば、どこに攻撃が来るのか、初めから解るのだ。
「私を含めた陸刀のヒットマン全員で、雪之絵真紀を足止めする。」
アケミは、総勢三十名のヒットマンを、雪之絵真紀の足止に使うと言った。 随分消極的だが、雪之絵真紀の力を思い知ったサラメロウも同様の意見だったので、何も言わない。
雪之絵真紀に、自分達ヒットマンが総出で当たっても、良くて相打ち。 これがサラメロウの見解である。
「サラには、”小判ザメ”をパートナーに付けるわ。」
小判ザメとは、陸刀家のヒットマンの名前である。 名前からは想像出来ないが、殺し屋としての力はサラメロウ以上と言われている強者だ。
雪之絵命は自分一人で充分。 そう思っていたサラメロウが、アケミに怪訝な視線を向けた。
「そんな目しない。次は雪之絵命の他にも戦う相手がいるのよ。」
言いながら、サラメロウの髪を撫でようとするが、怪訝な目を一層強めて、サラメロウはアケミの手から逃げる。
イラつくサラメロウの視線に、アケミが笑顔で答えた。
京次の名前はサラメロウも知っている。 たしか、娘の命を溺愛しているヘボ親父。
サラメロウは、その生い立ちの為、家族と言う物を嫌悪している。
「殺しちゃっていいの?」
「そ、それは困るわ。殺さずに退けて絶対よ?」 アケミがいきなり取り乱す。 少し面食らったサラメロウが呆れたように頭を振る。
「京ちゃん...皆月京次の実力は、私の見立てだと、皇金と同じぐらいだと思うわ。 殺さずに退けられるわよね?」
アケミが高森夕矢と同じ見解を示す。
「それなら、造作もないわね。」
笑みを浮かべて答えるサラメロウ。
サラメロウは、その生い立ちから、家族と言う物を嫌悪している。
その父親を八つ裂きにしたら、雪之絵命はどんな顔をするだろう。
「...楽しみだわ。」
小さく呟いた、サラメロウの言葉。 その真意をアケミは気付かなかった。
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第二話、おわり。