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白い雲の流れる大空に”立つ”皆月京次が、頭をがりがりと掻いて呟く。
想像力に乏しい為か、普段の京次は夢を白黒でしか見ないのだが、この夢には名前も解らない様な色まで、しっかりと付いていた。
頭を掻いた時の感触といい、映像のリアルさといい、五感全てが現実味を帯びてるものの、今の自分の意識が現実世界にいないのは、少し前に経験済みなので良く分かっている。
また、雪之絵 命に封じられている呪いの事実を、カズ子から夢という形で見せられた京次には、今しがた見たのが、その夢の続きであると、説明されるまでもなく理解出来た。
「封じられている”呪い”が発動したら、命もああ(黒い瞳)なると思っていいのか?」
『そう思ってもらって、結構だと思います。』
誰とも無く聞いた京次の頭の中に、その言葉が直接滑り込んだ。
辺りを見回してみても、声の主の姿は無い。 京次は驚く風もなく、声に耳を傾ける。
『封じられた悪霊に操られ、雪之絵、鳳仙、陸刀の血筋を殺し続ける『黒い瞳』。 その力は見てもらった通りです。』
「成る程ね。 それで、”カズ子ちゃんでは無い、全然見ず知らずの君が”何故俺に、こんな夢を見せる?」
警戒心よりも、怒気の方が遥かに多く含んだ、京次の言葉。
声の主は、声色から、女性である事は推測できたが、京次のまったく知らない人物である。
「.....」
ただ、よく似た気配を持つ人物を、京次は二人ほど知っている。
雪之絵真紀と、娘の命だ。
「...姿、見せろよ。」
「いっ、痛いですーーっ!なっ、何すっですかーーーっ!?」
「黙れ偽者!!」
「雪之絵の母親といったら、こんな感じに決まってるだろうが!!」
「悪霊が、雪之絵の母親騙りやがって! ここで呪いの元を断ってやる!!」
「ちょっと、ちょっと、真紀の母ではなくて、命のおばあちゃんと思って下さいな。」
「そしたらイメージ通りでしょう?」
「...う、うーん?」
「まあ、信じてもらえないのも無理ないですけどね? それより、初対面の女の子の顔に蹴り入れるなんて、前代未聞ですよ?」
赤くなった鼻の頭をさする。
「ふん!俺の夢の中で、俺が何をしようが、俺の自由だ。 犯されないだけありがたいと思え!」
「...別に、エッチな事は、嫌じゃないんですけど。」
京次は改めて、自分を雪之絵真紀の母と呼んだ、その女を眺める。
確かに、雪之絵真紀に似ている部分は沢山あるが、見た目が若いせいか、本人の言うように、命の姿がダブって見えた。
この若い姿は、鳳仙や陸刀に殺された時の姿なのかと勝手な推測すると、哀れに思い、警戒心も薄れる。
「...真紀が好きになるわけですね。京次さんは、やはりお優しいです。」
京次の表情の変化を見ていた、自称雪之絵の母親が、嬉しそうに笑う。
「言っておくが、雪之絵の母親っての、俺は全然信じていないぞ? 第一、雪之絵の女の魂は、悪霊の餌にされるんじゃないのか?」
これは、かつてカズ子に夢の中で聞かされた話だ。
当時のカズ子が嘘をつくとは思えない。 そうなると、雪之絵真紀の母親がたとえ幽霊だとしても、京次の前に現れるなど、ありえないのだ。
「...私は今まで、皆月京次さんの事を見てまいりました。 雪之絵の女を本当に救っていただける方かどうか知る為に。」
「あまり、観察されるのは好きではないんだが...で、俺の評価はどうなんだ?」
「私の好きになった御緒史も、京次さんの様な方だったら良かったのにって、ずーと思ってましたよ。」
自称真紀の母が見せた笑顔は、無理矢理作った感じはしない。
だが、大人の表情と感情は必ずしも一致せず、むしろ自分を素直に見せる時の方が少ないのではなかろうか。
「京次さんの聞かれた事も含めて、全てをお教えいたします。 孫の命を救っていただく為にも。」