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珍しく可愛らしい笑顔で、手を振って見せる雪之絵をその場に残し、京次は命の待つアパートへ向けて、夜道を歩く。
本調子では無い京次の歩みは亀の様に遅く、アパートまでの道すがら、雪之絵の事を思い返す時間を充分に与えてくれた。
雪之絵真紀は命と別れた後、想像を絶する戦いの中を生きて来たに違いない。
今日の雪之絵の姿と言葉から察してみても、それは明らかである。
その拳が血に染まらない日など無かっただろう。
沢山の人間を、目的の為に殺して来たのだろう。
京次は、十七年前に雪之絵と確執を残したまま別れた後、ただの一度も顔を合わせていない。
それなのに、今日の再会で、高校の頃と比べて随分と変わった雪之絵真紀を実感しながらも、京次は不思議と違和感無く話が出来た。
雪之絵が変わった事に、面食らう事もなく、いぶかしむ事もなく、むしろ、それが当然であるかの様に話が出来た。
それが何故なのか、京次からすれば、考えるまでも無い。
過去、京次の元に送られて来た絵葉書。 それには、幸せそうな笑顔で、幼い命を抱き上げている雪之絵真紀の写真が印刷されていた。
あの絵葉書を見た事によって、京次は雪之絵が変わった事を、既に知っていたのだ。
今日の再会は、絵葉書を見て思った事を、再確認したにすぎない。
アパートにたどり着いた京次は、玄関の扉を開けようとした手を止めて、今まで雪之絵と一緒にいた、小高い丘の方を眺めた。
「何、間抜けな顔してるのよ?」
ぱくぱくぱく、と口を動かすが声は出ない。 そんな京次が何を言いたいのか、なんとなく解った雪之絵が軽く答える。
「それどころか、このアパートの部屋は、ほとんど私が借りてるの。」
京次は、そう言われてアパートを見直す。 確かに、夜だと言うのに、ほとんどの部屋に電気がついていなかった。
「ついでに言うと、このアパートから見えるマンションなんかも、全部私の持ち物だから。」
雪之絵が、両手を使ってアチコチのビルを指差す。 値段のかかりそうな高級マンションばかりである。
「お、お前、冬の寒い日なんかに、あの丘で、命を見守ったりしてないの!?」
「はぁ?何、馬鹿な事言ってるの? そんな事したら、体悴んじゃって、いざという時に動けないじゃない?」
それは確かにその通りだ。 しかし、あの場所から見張っていると、雪之絵自身が言ったのである。 京次がその部分を突こうとしたら、先に手を打たれた。
「あの丘を始め、至る所に高感度カメラや、盗聴機仕掛けてあるから。 もっとも機械オンチの京次には解らないと思うけど。」
「......」
「ま、今は、住む所を日々変えてるけど、最終的に私と命は、この部屋で暮らす事になるかもね?」
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「ハパ? 何、玄関前で土下座してるの?」
京次の帰りが遅いので、心配しながら玄関を気にしていた命が、へこたれている京次を、逸早く見つけて声を掛ける。
サラも無表情ながら、やはり気になっていたらしく、命の後ろから覗いていた。
「!!」
命とサラは、ほぼ同時に京次の左手が血まみれである事に気が付ついたらしく、血相を変えて走り出す。
「どうしたの?酷い怪我だよ!?」
「お前がそんな深手追うなんて、敵は余程の相手だったみたいね。」
命とサラが、お互い顔を見合わせて首をかしげる。
この時、二人の見た疲れ果てた京次の顔は、不思議と嬉しそうだった。
第六話、(その四) おわり