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屑男 撲滅委員会!

−ブラック・アイズ−

「へぇ...鳳仙家の雇った殺し屋が情けないだけとは、とても言えませんわね。」

 エデン母が、本気で驚嘆の声を漏らす。

 それは雪之絵真紀も同じだったらしく、今、おかれている自分の状況も忘れ、命の成長に見入っていた。

  命は、現在十五歳。 雪之絵真紀が、その頃の自分を思い出した時、確実に今の命の方が強いと認められる。 このまま成長を続ければ、数年後には、命は雪之絵真紀を超えているだろう。

 何時か命は、自分の守りを必要とはしなくなる。

 雪之絵はこの時笑顔であったが、その顔を見た者には、複雑な感情を与えたはずだ。

 娘の成長を心底喜びながら、それを寂しいと感じる雪之絵真紀。

 きっとそれは、罪ではあるまい。

「命ちゃんと、もう一人の女の子。 あれは、私クラスの者でなければ勝てませんわね。」

「!!」

 エデン母の言葉に、雪之絵が我に帰った。

 自分の身が危ないだけではない。いくら命が成長したとはいえ、エデン母に敵う所までは、とても行っていないのだ。 たとえ、サラと二人がかりでも、早々に片付けられてしまうだろう。

 エデン母と密着し、香水を吸い続けていた雪之絵の体は、捕まえられた時よりも更に動かなくなっていた。

「さぁ、それでは死んでもらいますわよ。 ゴメンなさいね?」

 ゆっくりと持ち上がる、エデン母の左手。

 しかし、その手刀が雪之絵の首に向けて加速する前に、何者かによって手首を捕まれた。

「!」

 何時の間にか後ろを取られた事に驚きを隠せず、思わず雪之絵真紀を開放する。 しかし、体の自由の効かない雪之絵はその場でへたりこんでしまった。

 振り返ったエデン母も、手首を掴んでいるのが、毒に冒された瀕死の男と解り、余裕を取り戻す。 実際、掴んでいる手の力も、少し引っ張るだけで外れてしまうと思える程、貧弱な物だ。

「あら、今のあなたの状態では、何も出来ません...」

 そう笑顔で言いかけた時、京次が思いがけない行動を取る。

 まったく想像していなかったエデン母は、何の抵抗も出来ずに、それを『受け入れた。』

 唇を吸われながら、呆然としていたエデン母が、我に返り体を震わせる。

 今の京次など、少し押すだけでも引き剥がせる。 しかし、予想に反し、まるで少女の様に身悶えるだけで、抵抗らしい抵抗は何も無かった。

 エデン母の変貌の理由は、もちろんまったく解らない。

 だが京次は、泣きそうな顔をしながら体を硬直させるエデン母の唇を、これ幸いとばかりに貪った。

 雪之絵から見ても、京次の舌が、積極的にエデン母の口内を這い回っているのが解る。

 『京次が、別の女と目の前でキスしている。』 これを雪之絵の頭がはっきりと理解した時、ようやく京次は、エデン母から唇を離した。

 そして、へたりこんでいる雪之絵を見つけて、自分も身を屈める。

「...京次、一体、今のは何のつもり?」

 !!

 相変わらず浮き腰になっているエデン母の見守る中、京次と雪之絵の濃厚なキスが始まった。

 だが、京次の口の中にあった唾液が、一方的に雪之絵の口内にもたらされているこのキスは、唾液の交換とは言いにくい。

 そして、その唾液の味は、過去の記憶にある京次のものとは違う。 つまり、ほとんどが、エデン母の唾液と言う事だ。

 ほどなくして、唇が離れると、力尽きたように京次が尻餅を付いた。

 しかし、その代わり、雪之絵真紀は何事も無かったかのように立ち上がった。

「...まったく、全然気が付かないなんて、やっぱり、お前らしくねえぞ。」

 フルマラソンでも走って来たかの様な荒い息に、その台詞が混じる。

「 毒の香水は、敵さんも吸い続けてるんだろ? だったら、解毒剤を何時でも服用出来る場所に用意してあるに決まってるじゃねーか?」

「口紅だよ。」

 もう、これで安心だとばかり、その場に転がる。

口紅の解毒剤は、京次自身に対しても有効であろうが、直接体に進入を許した毒の全てを打ち消すまでには至らなかったようだ。

「俺が出来るのはここまで。 後は頼むぞ?」

「解っているわ。」

 寝ながら、背を向けた京次が片手を上げて見せると、雪之絵真紀の、あからさまな怒気を含んだ声が聞こえた。

「以前、二度程、屈辱だった事があるけど...」

 一度目は、体育館で、京次に踵落としを食らって失神した事。

 二度目は、幼い命を抱いて、アパートに戻った時、ヒットマンに後ろからナイフで刺された事。

 だが、その後雪之絵は、いずれも自分自身の手で報復して来た。 当然、今回も同じである。

「久しぶりに、全開で戦わせてもらうわ。」

「何故、俺を睨みながら言う?」

 

第六話、(その三) おわり。 


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