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太陽は沈んだものの、まだ辺りは十分明るい。そんな時間。
命はまだ友達と一緒だろうと思っていたが、俺がアパートについた時には、すでに玄関には命の靴があった。
「パパーおかえりーっ!」
俺の『ただいま。』も待たずに聞こえたその言葉。 多分、俺の帰りを今か今かと待っていたのだろう。
「ただいま。すまない、待ったか?」
少々罪悪感を感じながら声を掛けると、命は、ひょこっと居間から顔を覗かせた後、こっちへ近づいて来た。
「んーん、そうでもないよ。ホラ。」 命は、制服のスカートの裾を摘まんで見せる。 まだ、着替えていない事をアピールしてるつもりらしい。
今日は、命の誕生日。 プレゼントを買いに行って、その後にレストランで食事、というのが何時ものパターンだ。
「そうか、それじゃ着替えるまで待っているから。」
「んっ、すぐ着替えて来るから、ちょっと待ってて。」
背を向ける命、俺はその背中に声をかけた。
「命、お前、欲しい物なんだ?」
命は笑顔のまま、えっ?と洩らして振り返る。
俺は靴を脱いで廊下を歩き、振り返った命を追い抜くと、俺の半分の歩幅で命も付いて来た。
「私の欲しい物?まだ決めていないケド。」
「命は、装飾品はおろか時計すら持ってなかったよな?それ一式買ってやるよ。」
俺が実家から持って来た、ちゃぶ台を前に腰を下ろしながら言うと、命は慌てた様に両手を突き出して振って見せた。
「いいよおっ!お金かかるよ!私、適当な物でいいからっ。」
想像通りの答えが帰って来た。 やはり、命は気を使っている。
理由は、俺に嫌われたくないから。 だから、本音を言わない。
「命?」 俺は、ちょいちょいっと、手招きをして見せた。
命は、?マークを頭の上に浮かべながらも、素直に近寄って来る。
手の届く所まで来た時に、俺は命を抱き上げて、胡座をかいている膝の上に乗せた。
「パパ?」
よく意味の分かっていない命だったが、表情は嬉しそうだった。
「命、よく聞けよ?」
少しだけ間をおいて、見上げる命に語り掛ける。
「お前、俺に対して遠慮する必要なんかないんだぞ?言いたい事あったら何言ってもいいんだ。腹が立ったら怒ってもいいんだ。」
命は少しの間、訳が分からないと言った顔をしていたが、自分の本音を隠している事を指摘されたのだと気付くと、バツが悪そうに俯いた。
まあ、そうだろう、俺から「お前は良い子のフリをしている。」と言われたのも同然なのだから。
だが、ここからだ。命がまったく分かっていない事を俺は伝える。
「命、あのな、そりゃあ命が我が侭言ったり、危ない行動とれば、俺も怒るかもしれないし、時には喧嘩にもなるだろうよ。 でもな?」
それが理由で、俺が命の事をキライになる事はない。
だから、正直になれ、命。
「ホント?」
命が再び俺を見上げる。
「ああ本当だ。」
「何言ってもいい?私の欲しいもの、望んでいい?」
念を押す命。 その言葉はまだ、固い。
「本当だって、何が欲しい? 何だっていいぞ?高い物でもいいぞ?それこそ友達に自慢出来るようなの。 」
ワザと明るい口調でまくしたてる俺。
命の口元が緩む。 嬉しそうに笑っている。
「私の、欲しい物わね?」