「勝負あったわね。」

雪之絵の言う通りだ。腹に一撃とかのルール的な問題ではなく、大の字に倒れている俺の体は、動かせる状態ではなかった。

あばらは数本へし折られ、その上、後頭部を打ち付けて脳震盪続行中。五感のうち、辛うじて視覚と聴覚だけ効いているが、そのうち意識と共に落ちるだろう。

間違いなく、俺の完敗だ。

「京次覚えてる?”獣の巣をつついた”」

覚えている。ガキの頃、雪之絵と一緒に読んだ漫画に出てた。子供をまもる為、実力以上の力を出す。そんな意味だったか。

ノイズだらけの視界の中に、自分の腹に手を当てる雪之絵の姿が写る。

「この勝負、本当は別の意味での賭けだったのよ。」 独り言としか思えない小声で、雪之絵は呟いた。

何の事だろう、そう思っていると、今より幾分明るい声で答えた。

「心配しなくていいわ。赤ちゃん盾にして、京次に迫るつもりはないから。」

なるほど、これが答えか。

賭けと言うより、雪之絵は俺を試したのだ。俺が、自分と雪之絵の子供に、拳をふるうかどうかを。 

確認、あるいは、知りたかったのだ、自分がどれほど嫌われているのかを。

「いちおう、お礼言っとくね。京次ぶちのめせたおかげで、この子を、私の力で守っていく自信ついたわ。」

やたらと明るい声が聞こえる。

その声は、だんだんと落ちていく意識の中に沈んで行き、最後に聞こえた雪之絵の声は、お別れの言葉だった。

どんな言葉で言ったのか、よく聞こえなかったが、

”またね” そんな意味合いの言葉ではなかった事は分かっている。


前へ、  エンディングへ、