雪之絵体育館で暴れる、の一件から、一週間がたった。
今、俺は町中にある病院に入院している。噛み切った舌を縫い付けられ、食べる事はおろか、しゃべる事も禁止されている状態だが、そのうち元どうりになるらしい。
出血の方も、輸血するほどではないらしく、自然に正常な血の量になるのを待つらしい。この入院はそのためでもある。
そして入院中、俺の横にはいつも詩女がいる。
「ん?リンゴほしいの?でも食べれないのよね、私、食べるから。」
...く、 こんな詩女だが、こいつには本当に頭が下がる。
俺が寝込んでいたために、今回の一件の事情聴取は、詩女と君寧明人達が、ほとんどやってくれたのだ。
恥ずかしい話もしなくてはいけなかっただろうに、それでも詩女は俺の横で笑ってくれている。
本当に頭が下がる。
そうそう、君寧明人だが、あれはそんなに悪い奴じゃなかったらしい。と言うか話てみると、かなりイイ奴だった。
俺の命の恩人であると言っても過言でなく、わざわざ見舞いにも毎日やって来て、しやべれない俺に対し、色々な話題を提供してくれる。
もしかしたら、いつか親友になれるかもしれないと、密かに思っていたりもする。
そして、元凶の雪之絵だが、警察に捕まったそうだ。
ま、当たり前か、この先どんな沙汰が下るか知らないが、できれば二度と俺達の前に現れてほしくないものだ。
「そろそろ、君寧先輩達来る時間だね。」
ここ最近、ずっとサボリで学校に行っていない詩女が、腕時計を見ている。
時間は、四時半、
君寧明人と他二人は、学校が終わった後、いつもこの時間にやって来る。
「よー京次ィ、君寧明人様ご到着だあ!」
紫色の制服に中はTシャツ、いつもの格好で、君寧明人が病室に入って来た。ノックは扉を開けながらやっている。
俺は、しゃべるの禁止なので、軽く右手を上げて答えた。
「いらっしゃい、今日はお一人?」
詩女が笑顔で俺の代弁をする。事実、今日は君寧明人一人だけで、二人の舎弟、タケオとカズオはいない。
「あー先公に呼ばれたんだよ、なんか、卒業怪しいみたいだな。」
ちなみに、君寧明人は何故か成績がいい。
ニコやかに話しながら、君寧明人は自分の右手を上げる。そこには白い手さげ袋が握られていた。
「めずらしいですね、先輩がお見舞いの品持って来るなんて。」と、これは詩女。
「いや、俺のじゃねーよ。この病室の前まで来たら、扉のノブに引っ掛けてあったんだ。」
君寧明人は、言いながら手提げ袋の中から、漫画の単行本くらいの大きさの箱を取り出した。
詩女がここに来た時は、もちろんなかったはずだ。その後、誰かが来て、見舞いの品だけ置いて行ったと言う事か。
「こーゆうのも、奥床しい人って事になるのかしら?どこかに名前でも書いて無い?」
「ああ、食い物だったら京次以外で分けようぜ。」
言いながら箱を見回す。そして、箱の裏に書いてあったらしい名前を見つけて呟いた。
「 雪之絵 真紀 」
「.........」
一瞬で凍り付いた時間と空間、その後更に、一瞬で解凍され爆裂した。
「ぎょええええええええええっっっ!!!」
まずは、詩女が発狂乱になって騒ぎまくる。ちなみに、悲鳴の後ろが尻すぼみなのは、俺の寝ているベッドの下に潜り込むまで喚いていた結果だ。
「うおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
一方、君寧明人も負けず劣らず錯乱しており、右へ左へとうろついた後、換気のために窓が開いていたのをいい事に、雪之絵の見舞いの品を外へ向けて放り投げた。
あーあ、
俺は、震え上がっている詩女と君寧明人を尻目に、見舞いの品の行方を探すために窓の外に身を乗り出す。
それは、すぐに見つかった。
見つからないはずがない。なぜなら、窓から見える中庭に、見舞いの品を持ってきた、その本人が立っていたのだから。
「雪之絵真紀」
いつもの制服を着込んだ雪之絵真紀は、俺が見ている事に気が付いていたかは知らないが、おもむろに足を上げ、何かを踏み潰した。
それが、俺に持ってきた見舞いの品である事は、言うまでもない。