灰色単色の景色の中を、私は進んでいる。
とん、とん、とん、とん、
鳴っているのは私の足音、灰色の廊下を私は進んでいる。
横に流れる壁も灰色、窓から見える空も、やっぱり灰色。
でも、
教室への扉を開けた途端、全ての色が私の目に戻る。
分かっている、これは夢だ。
そうでなければ、結婚も出来る歳に成長した私、雪之絵 真紀が、こんなチンケな体で、体操服着こんで、とっくに卒業した中学校なんかに居やしない。
教室の中に一人でポツンと、自分の席についているクラスメートが、こんなにちっこいはずもない。
これは夢、ただし、決してセピア色に染まる事のない、記憶と言う名の”夢”だ。
「一人?」
私は笑顔で、ただ一人教室にいた先客に声をかけた。
「うん、」
私同様、体操服を着ているその子は、パンをかじりながら、一つ肯く。
教室の中には、この子と私の二人しか居ない。
今日は体育祭、さらには昼休み中の今は、全員、校庭で家族一緒に食事を取っている。この時間、誰かが来る事は無い。ここに居るのは、何らかの事情で親が見学に来ない生徒だけだ。
私は、両親に疎まれている。
父と母と愛人、その縺れの中、私は生まれた。そして、本当の母はとっくに死んでいる。これだけの説明でも、私が疎まれる理由もなんとなく分かってもらえるだろう。
情けない父と、金目当てで家に入り込んだ女、それが今の私の両親である。そんなのが体育祭で私を見に来るはずもなく、私は一人、昼食しに教室へと戻った。
当然、教室には誰も居ないだろうと思っていた私の思惑を裏切り、そこには一人、ちっぽけな子供が居たわけだ。
私はその子を見つめ、思い出した。入学当初、クラスの中の誰かの両親が事故で死んだ、と。
あの頃、まだ顔と名前が一致していなかったため、誰の事だか分からなかったが、間違いなく、この子供がそれだ。
私は喜んで近づいた、仲間だと思ったからだ。
「ねえ、一緒に食べていい?」
ニッコリと笑ってそう言うと、子供は少し尻込みしながらも、再び「うん、」と答えた。
私には仲間が出来た、それがうれしかった。
そして、食事そっちのけで、その子に話し掛けた。話の内容は家族の事、私の親がどれだけ私の事をないがしろにしているかと言う事、私がいつも一人で暮らしている事など。
初め、子供は肯きながら聞いていたけど、その内、相づちの数が減っていった。
私は気にもせず、話の最後をしめくくる。
親なんてさー、いなくたってヘーキだよねえ?
ちがう、
それは違うよ。
「でもね、お母さんはね、きっと私の事を好きでいてくれたんだよ。」
「...うん、」
子供は、三度肯いた。
私には、本当の母の記憶は無い。
でも、今なら分かる、母はきっと私の事を愛してくれていた。
私が娘を大切に思うように、同じように大切に思ってくれていた。
だから、今まで思っていた疑問の答えなど、どうでもいい、
重要なのは、きっとこの事、
け
これまで、私を悩ませていた夢、
色褪せるはずのない、記憶という名の夢。
でも、この時、優しく微笑む子供の顔はセピア色に染まっていた。