足元に転がる雪之絵を見ながら、俺はそう思った。
確認はしていないが、間違いなくノビている事だろう。俺の渾身の一撃が延髄にクリーンヒットしたのだ、三日は目を覚ますまい。
やっと終わった。さぞかし詩女も安心しただろうと、俺は振り返った。
いそいそ、
「.....」
「あ、」
ばたばたばたっ、
「京次!大丈夫!?心配したんだよ!?」
どうやら俺と雪之絵が死闘を演じている間、身だしなみを整えていたらしい。
中々肝が座っていると言うか、度胸があると言うか。
しかし安心した。思ったより心の傷は深くは無さそうだ。
それより、詩女の股間に収まっていたバイブが見当たらない。もしかして持って帰るつもりだろうか?
「京次、携帯電話持ってないよね?」
手に持ったナイフで、俺の両手首の束縛を切りながら言った。
俺は頭を振る。金銭的な理由と必要性の無さから、携帯は元々持っていない。
「私のは、壊されちゃったし、」
詩女は、雪之絵が踏み潰した携帯に目をやる。どうやら、アレは詩女のだったらしい。
「しょうがないわ、外の公衆電話使って救急車と警察呼びましょう、早くしないと手後れになるわ。」
その通りだ。こうしている間にも俺の舌からの出血は続いている。噛み付いて血管を圧迫しているとはいえ、完全に止めるには至らない。
戦闘が終わり、気が抜けたせいか、かなり体がだるい。
「肩貸すから、行こう。」
そう言って詩女は、俺の腕を取り自分の肩に回す。
詩女の手が随分熱いと思ったが、どうやら俺の体が冷たいようだ。俺の手を取った時、詩女が驚いていたから間違い無い、それだけ出血したと言う事だ。
校内の公衆電話は、体育館からだと割りと離れた所にある。
少し焦り気味の詩女が、乱暴に廊下への扉を開けた。
「!!!」
詩女の声にならない叫び、
俺も同じだった。
開けた扉の外に、君寧明人と二人の舎弟が立っていたのだ。
忘れていた訳ではない。こいつ等が来る前に雪之絵を倒して、この場から退散するつもりだったのだが、間に合わなかった。
出来るか?今の俺に、この三人を一度に相手している体力があるか?
自問自答してもやる事は変わらない。
俺は、詩女を後ろに突き飛ばし、構える。
「京次!!」
後ろから詩女の声が飛ぶが、この絶体絶命のピンチから逃れるには、俺が足止めをして、詩女が逃げて誰かを呼ぶ、それしか無い。
しかし、俺の切羽詰まった考えを余所に、詩女は動こうとしない。そして、君寧 明人達三人も。
....?
君寧明人は、バツが悪そうに頭をかいた後、こう言った。
「警察と救急車呼んであるから、お前等休んでろよ。」
呆気に取られて立ち尽くす俺達の耳に、遠くから近づいて来るサイレンの音が聞こえた。