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櫻〜雪華抄〜

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冬の桜もまた美し。

少年は、雪を被った見事な桜の木を塀の外からぼんやりと見ていた。廃れてしまった公家屋敷。縁のものは住んではいるらしいが、もはや中は荒れ放題だともいう。

こんなお屋敷じゃあ・・・草むしりの仕事なんてねえよなあ・・・。

間近で桜を見たいと思う。お武家さんや旗本さんの屋敷に草むしりに入ることで小銭を稼いで母の薬代に当てている身としては、冬は非常に厳しい季節だ。庭の雪を払ったり、枯葉を拾わせてもらったりしても到底追いつかない。だから、藤吉は大抵遠くの山に落ちている薪を拾っては売り歩いていた。それでも見つかれば怒られる。山の持ち主がいるからだ。それでもやらなきゃいけない。おっかあが薬を飲まないと死んでしまうから。

「・・さ・・行くか・・。」

草鞋が雪にめり込み、裸足の足が悴んですでに感覚はない。辛いと言わないが、辛くないかと言われたら嘘になる。だけど、言ったらそこから弱くなる気がしてとてもじゃないが言えない。藤吉の目下の所の心の安らぎは、この立派に佇む桜の大木を見ることだった。

・・早く春になんねえかな・・・。

春には雪が緩み、暖かくなる。あの桜も満開の花が咲く。

「春になったら・・あのお屋敷の草むしりさせてもらえないか頼んでみよ・・・。」

悴む手に息を吹きかけ、薄い着物の襟を掻き合わせるようにしながら、思い薪の束を背負って藤吉は京の町に消えた。

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隙間風が入る家は寒い。それでも、息子がいればそれなりに暖かい。

お絹は、薄い布団から身を起こして、肩に雪を積もらせた息子を迎えた。

「お帰り。ご苦労だったね。」

痩せた肩に綿入れを羽織、何とか布団の上に身を起こした。

「おっかあ、とりあえず今日も先生から薬がもらえたからのんどきな。」

「いつもすまないねえ。」

申し訳ない思いで胸が一杯になりながら息子が差し出す薬の包みを受け取る。まだ10にならない子供にこの雪の中、薪を売るのはさぞかし大変だったろう。

せめて私が丈夫だったら・・。

藤吉の父は藤吉が幼い時に流行り病で死んだ。それから女手一つで藤吉を育てていたが、元があまり丈夫でないお絹は、無理がたたって胸を患って寝込んでしまった。それ以来、ずっと藤吉がこの家の家計を幼い肩に背負い込んでいるのである。

自分がもう永くないことはわかっていた。親切な診療所のおかげで何とか薬はもらえてはいるものの、胸の痛みは徐々に酷くなる一方だ。体を起こすのさえ辛い。

・・・せめて春まで・・・。

気がかりなのは残していく藤吉の事。自分がいなくなった後、この子を誰が支えてくれるというのだろう。

苦い薬を飲み干しながらお絹は息子を見やる。余った薪をくべ、暖かい火を起こそうとする藤吉の姿に目頭が熱くなるのを感じる。

せめて・・この子の前では笑っていよう・・。

自分に出来ることはそれしかない。自分の心に硬く誓いながら、お絹はその身を再び横たえた。

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その朝は、2月の特別雪深く、冷え込んだ朝だった。

1軒の長屋から、筵に包まれた遺体がしめやかに共同墓地まで運ばれていった。泣きながら付き添うのはあの幼い藤吉。

「・・おっかあ・・・おっかあ・・・俺・・一人でどうしたらいいんだよ・・・。」

途方にくれた少年は、葬儀が済んで長屋に戻っても、塞ぎこんで座り込んだままだった。誰もが苦しい生活の中、藤吉に手を差し伸べようとするものはいない。下手に助けようとすれば、自分が幼い彼を養わなければならなくなるからだ。

火を焚くのも忘れ、膝を抱えたまま藤吉は寒い家の中で夜を迎えた。

・・・・桜・・・・見に行こう・・・・。

見たからといってどうなるわけではない。いまや励みにする母もいない。だが、藤吉は何かに憑かれたかのようにふらふらと外へと歩き出した。

裸足の足が凍りかけた雪をさくさくと踏んでいく。痛さはすでに感じない。ただ、暗闇の中をふらふらと歩いていく。すでに雪が止んだ夜空には明るい月が輝いていた。月明かりの中、雪の衣を纏った桜の木は、いつもにも増して荘厳に見えた。

・・・おっかあ・・・・俺・・・どうしよう・・・

呆然として桜を見上げる。春になったら・・・そう思っていたのが今は馬鹿らしい。藤吉は、雪で濡れるのも構わず、その場で膝を抱えて座り込んだ。凍死したって構うものか。無くす物など、後はこの命一つだ。

「寂しいの・・・・?」

涼やかな声に振り返ると、そこには緋縅の小袖を来た美しい女性が立っていた。女性というには少し幼いか・・。白い肌が雪の上にもさらに白く映える。少女の姿は月明かりを受けて浮かび上がるようにすら見えた。

「え・・・?」

あっけにとられたように自分を振り返ったまま動かない少年のそばまで歩み寄ると、少女はしゃがみこんで問い掛けた。

「悲しいの・・・?」

藤吉は素直にこくりと頷いた。少女は藤吉の頭にそっと手を触れると、白く細い指で緩やかに撫でた。

「・・・あなた・・・悲しみに満ちているもの・・・。絶望が、私を引き寄せた・・・。何が、あったの・・・?」

少女の言っていることはどこか奇妙だった。だが、藤吉にそれを感じる余裕などはない。膝に顔を埋めるようにして藤吉は呟いた。

「おっかあが・・死んだんだ・・・。」

少女が傷ましげな表情を浮べて藤吉を見る。

「大事な人を・・亡くしたのね・・・。」

冷たい腕が緩やかに藤吉を引き寄せると、その胸にそっと抱きこんだ。少女の体からは、仄かに甘い、花のようないい香りがした。なぜか藤吉は少女の着物を掴むと、声をあげて泣いた。家でいやというほど泣いたのに、また悲しくなって泣いた。その涙を、少女が唇で吸い取っていく。

「いたわしや・・・。私が慰めてあげる・・。」

そっと少女の唇が藤吉のそれを塞いだ。わけもわからないままに唇を吸われ、藤吉は目を大きく瞬かせる。男女の営みなど知らない幼い少年には、その行為が意味することなどまったくわからない。冷たい雪の中、凍りついたようにされるがままに舌の侵入を許し、唇の中を弄られていく。そして、なぜかそこからは不思議な熱が生まれた。

「ん・・・ん・・・・」

喘ぎとも吐息ともつかないものが藤吉の唇の僅かな隙間から漏れる。少女は、藤吉に口付けたまま器用に小袖を脱いでいく。白い雪に緋縅の小袖が目に痛いほどに映って藤吉は思わず瞬いた。

ちゅ・・・

やっと唇が開放されると、細い銀の糸が二人の間を繋ぎ、やがてそれはすぐに切れた。少女は、不思議な笑みを浮べながら藤吉の冬を過ごすには余りにも薄い着物をするすると脱がしていく。冷たい空気によく焼けた肌が晒されるのに、全く寒さは感じない。少女の白い肌に豊かな胸、そして無毛の恥丘になんだか気恥ずかしさを覚えて藤吉は思わず目をそらす。すると少女は、くすりと微笑んで少年を脱ぎ散らした着物の上に横たえた。

「私に全て任せて・・・。」

覆い被さった少女が耳元でそう囁くと、冷たくもしっとりとした唇が藤吉の胸元を滑っていく。

「うあ・・・っ。」

不思議な感覚が腰に走るのを感じて藤吉は身を震わせた。今まで感じたことのない、奇妙な感覚が男の象徴たる部分に集中していた。排泄にしか用がないはずのそこに不思議な違和感を覚えて、藤吉は思わずそこに手を触れてみた。

「・・・え・・?」

そこは藤吉がよく知っている形とは大きく姿を変え、硬く力を持ち始めている。
俺・・どうしちゃったんだろう・・。

混乱する暇もなく、少女の唇が藤吉の乳首を薄く捕らえ、軽く吸い上げた。

「ひゃっ。」

感じたというよりも、驚いて体が跳ね上がる。その様子に少女が小さく笑った。

「・・・・・。」

思わず見下ろして少女と目があってしまい、なんだか気恥ずかしくなって思わず目をそらしてしまう。その隙に、少女の唇はさらに下り、熱を持ち始めた男根をその柔らかい唇の中に咥え込んだ。

「う・・うあ・・・っ。」

思わず慌てて身を起こすと少女がふわりと微笑む。

「大丈夫。任せて・・。」
「で・・でも、そんなとこ汚いよ・・・。」

慌てふためく少年を再び横たわらせると、少女はその額に軽く唇を押し当てた。

「汚くないわ。大丈夫・・。」

再び湿った感触がさらに熱を持って硬くなったそれを押し包んだ。ゆるゆると根元を扱きながら吸われると、たまらなくもどかしいような、それでいてぞくぞくと何かが這い登るような感じが腰を突き上げさせる。

「う・・ぁう・・は・・・。ねーちゃん・・なんか俺・・変だよ・・・。」

どこか切羽詰ったような感覚に捕らわれて、少年は混乱したように泣きそうな顔で少女を見る。少女の瞳が、唇が語った。

『全て任せて・・・我慢などしないで・・・。』

皮に隠れていた部分を向きあげられてくるりと雁の所に溜まっていた垢を舐め取るように舌が蠢く。

「だめだ・・ねーちゃん・・しょんべんでちまうよ・・っ!」

小さく藤吉が叫ぶとともに腰がぶるぶると震えた。そこをさらに柔らかい唇が吸いたてる。

「う・・うああっ!」

初めての口唇愛撫で、少年はあっさりと果てるとぐったりと夜空を見上げた。

「今の・・・何・・?」

少年が吐き出した白濁を飲み下し、少女がにっこりと微笑んだ。

「気をやったのです。では・・ここを触って・・・。」

少女の白く、柔らかい手が藤吉の少しごつごつとした手を取ると、己の胸へと導く。少女の豊かな柔らかい胸に触れると、藤吉の顔が見た目にも真っ赤に染まる。

「うあ・・やわらかい・・・。」

おっかあのおっぱいも柔らかかった。胸に抱きしめてもらうと、凄く安心した。

藤吉は思わず少女を抱きしめていた。ひんやりと柔らかい胸の感触が頬に心地いい。

「吸ってもいいのですよ・・。」

少女が微笑みながら乳房を差し出して促した。母親のですら吸わなくなって久しい。思わず藤吉は頬を染めて少女を見上げた。

「いいのか・・?」

遠慮がちに尋ねる少年に少女は微笑んで頷いた。おずおずと、その桜色の突起に唇を近づけて軽く咥えた。

「ぁん・・・。」

僅かな吐息が少女の唇から漏れるのに慌てて顔を離そうとするとその頭が緩やかに抱きしめられた。

「さあ・・吸って・・・。」

ちゅ・・ちゅちゅ・・・・

「ん・・は・・はぁ・・ふ・・・。」

赤子のように吸い立てれば、そのたびに少女の体が細かく震えて、ただでさえ硬く尖った乳首はさらに硬さを増して硬くなる。だが、何故だか暖かい懐かしさと、それ以上に駆り立てられる何かに押されるように藤吉は夢中になってその乳首を吸い、乳房に縋りついた。

おっかあ・・おっかあ・・・

乳房を吸うほどに感情が溢れて止まらなくなる。いつしか藤吉は泣いていた。

おっかあ・・俺もそこにいきてえ・・・

再び熱を持ち始めた少年の男根に少女の冷たい指が触れた。数回扱くと、漲らんばかりにそそり立つそれを愛しげに見つめて少女は囁いた。

「お母様のところへ・・行きたいですか・・?」

少年は黙って頷くと少女の顔を見上げた。少女は淡く微笑み、ゆっくりと少年を抱きしめる。

「おかわいそうに・・・。」

同情だったのか・・哀れみだったのか・・・それとも・・・。

いきり立つ少年のそれを自らの熱くぬるむ蜜壷に導くと、少女は緩やかに腰を動かし始めた。

「う・・は・・・くぅ・・・。」

先ほどの口唇愛撫とは比べ物にならない激しい疼きが体中を駆け巡った。少年の幼い男根に少女の柔らかく、それでいて熟しきらない襞が容赦なく絡みつく。襞と筋肉が追い込むように少年を扱き、途方もない快楽へと導いていく。その行為の意味も知らないまま、少年はわけもわからぬままに高ぶっていく己を抑えることができなかった。
あっという間だった。

「ね・・姉ちゃん・・俺・・・俺・・・うああっ!」

それこそ魂消るような熱が怒涛の如く迸り、少年を包み込む。それはまるで、母の胎内にいるような暖かさだった。

柔らかい腕が藤吉を包み込んだ。冬の夜。そんなことは微塵も感じさせないほどの暖かさで。

『さあ・・お休みなさい・・・。』

安らぎに満ちた声が藤吉を眠りへと誘う。眠りへの入り口で、少年は問い掛けた。

「姉ちゃん・・名前はなんていうの・・?」

『・・私は・・・と申します・・・』

その答えは聞こえたかどうか。少年は、そのまま安らかな顔で深い眠りに落ちていった。深く深く・・・常闇の底へと・・・。

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古ぼけた公家屋敷の塀の側に、早朝から人だかりが出来上がっていた。

「どいたどいた!」

通報を受けて役人が姿を現すと、人だかりは二つに割れてその光景を露にした。

真っ白い雪の上。いかにも薄着の少年が、丸まるようにそこに横たわっていた。息をしていないことは人目でわかる。その浅黒い肌の上にはうっすらと霜が降りていた。

「・・子供の行き倒れか・・・。」

その顔はとても安らかに微笑んでさえいた。それがせめてもの救いかと少年の体に手をかけたとき、何かが目の前をひらひらと落ちていった。

「・・・ん?」

一瞬雪かと思ったそれは、徐々に徐々に増えて少年を覆い尽くさんばかりに増えていく。

「これは・・・桜・・・?」

唖然として上を見上げると、公家屋敷から張り出た大振りの枝が、満開の花をつけて・・そして凍えそうな空気の中、その花弁を散らしていた。まるで、少年を悼むように・・・。

「真冬に狂い咲くか・・・。なんとも・・・。」

その悲しくも美しい姿に、思わず溜息が漏れた。少年を覆いつくさんとせんばかりの花弁から遺体を抱え上げて役人は呟いた。

「安心せい。丁重に弔うゆえ・・・。」

狂い咲きの桜は全ての花弁を散らすと、その年の春は一切の花を咲かせなかったという・・・。まるで、その姿は、誰かの死を悼むようでもあったとか・・。

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