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そうよ、それだけでいいのよ。
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私が欲しいのは、平和だけなのよ
..

なのに何時も周りが邪魔をする。
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私は普通に生きちゃいけないのかしら。

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死して屍拾う者無し

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「もうちょっとで30の美青年とファザコンの美少女、戦うなら、どっちが良い?」

「は・・・ぁ?」
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それは突然の事で、少女は困った顔をした。

少女、神前柄緒(かんざき えお)は、口にしていたポッキーを思わず落としかける。
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「それ、どう言う質問よ。」

とある商店街にあるレンタルビデオショップ「キープ」。

その店長である出水木史朗(いずみき しろう)と、店員である柄緒。

数多くのビデオが並ぶ店内に二人、向かい合わせで座っている。

中々会話と言うものもなく、静寂が訪れたときに先程の質問。

どう返答して良いか分かったものではない。

「だから、戦うならどっちが・・・」

「どっちもやーよ、私は平和でいたいのっ」

ふいっと顔をそむけた柄緒は再びポッキーを口にする。

出水木は顔を顰め、ここで始めて質問の悪さに気付く。

そして柄緒の返答が、妙に悲しくなった。

「なー、どっちかならさー・・・」

「どっちも嫌なの!」

どっちも嫌とか、それ以前に、平和でいたい。

このままビデオショップを続けて、戦うことなんてしたくない。

人を傷つけるのが嫌とか、そう言う考えは全く無い。

自分が平和であればそれでいい、それが柄緒の考えだった。

「柄緒ぉー」

「い・や・よ」

ツンッとした態度で、目すら合わせようとしない。

そろそろ悲しくなってきた出水木は聞くのを止めた。

丁度その時、店内に二つの影が入りこむ。

「パパー!私あれが見たい!」

「おー、なんでも良いぞ、好きなもの借りろ」

明らかにみて分かる、親子連れ。

羨ましいほどの美少女の娘と、美形の父。

思わず柄緒もその方向に目を向けて頬を赤らめる。

なんだか羨ましい、こんな親子ははじめてみた。

「みなづききょぉじ・・・」

その隣で出水木がボソッと呟いた。

あの美形の父親が皆月京次と言うのだろうか。

しかし出水木の知り合いとは思えない。

出水木も顔を強張らせてその皆月京次と言う男の方を向いている。

「何、どうしたのよ」

「ゆきのえみこと・・・・・」

ぴくり、と、柄緒も反応する。

雪之絵命、柄緒も聞いた事があった。

赤い瞳、黒い瞳、陸刀、鳳仙、雪之絵。

「あの、雪之絵ぇえッ!!!?」

こんな珍しい苗字、滅多にあるものではない。

思わず大声で叫んでしまい、店にいる二人に気付かれた。

「あれ、命の友達か?」

「ううん、知らない」

ハッとなって口を抑えるが、既に遅い。

完全に気付かれた、出水木も溜息をついて頭を抱える。

しかし処所は、驚くべき所だろう。

いや、驚くより他に無いのだ。

目の前に、あの「黒い瞳」の呪いを持つ者がいるのだから。

「なんか命のこと、知ってるみたいですけど。」

警戒されている、柄緒は京次と言う男から一歩離れた。

この男、見掛け以上に危険だと本能が告げる。

戦ったとしても、勝てない自信があった。

「皆月京次・・・さんですよね」

「ああ、そうだけど」

出水木の言葉で、不信感がより一層増す。

この場をどう対処すべきか、「ファンでした」で切りぬけられるだろうか。

いや、無理だろう。京次の後ろにいる命も、警戒している。

今にも噛み付いてきそうな、命の鋭い目。

やってしまった、と柄緒は後悔する。

「出水木、処所は大人しく・・・」

ガチャコンッ

「しましょうよ・・・」

ダガァンッ

何処から取りだしたのか、出水木は大砲をあろう事か京次に向かって放った。

なんで突然大砲なのか、なんで放たなければならなかったのか。

柄緒には全く理解できず、血の気が引くのをただ黙って感じるのみだった。

「パパー!!!!」

命の声が甲高く響く。

大砲の爆音で耳がまだキィンッとしているがそれだけは良く聞こえた。

柄緒はそれによって我に帰り、京次の無事を確認しようとする。

煙が舞い上がっているため出水木や京次が何処にいるかは分からない。

だが何となく気配がする、この殺気・・・間違い無く皆月京次だ。

「い、生きてるわよぉ・・・」

化け物、柄緒は瞬時にそう感じる。

大砲を超至近距離で受けて、なお生きている。

恐い、ぞくりと戦慄が駆け巡った。

「ちょっとあんた、パパになんてことするのよー!!」

「わっ、私じゃないわよ!」

突然命が怒り狂って、柄緒の胸倉を掴んできた。

爆煙が未だ舞い上がる中、命のせいで出水木と京次の気配が辿れなくなった。

そしてこの瞬間に察する。

『もうちょっとで30の美青年とファザコンの美少女、戦うなら、どっちが良い?』

この事か、と。

そして事前にこの二人の事を知っていた出水木は、後で死刑。

しかしその前にやらなければならない事がある。

「私は嫌だって、いってるのにー!!」

腹が立ってしょうがない。

ムカムカとはらわたが煮え繰り返りそうになる。

発散しなければ、死んでしまいそうだ。

と、その時、柄緒の中でぷつんっと、何かが切れた。

同時に柄緒は、何処からとも無くなぎなたをとりだす。

「もう、皆々・・・大ッ嫌いよーーーーーーーーーーーー!!」

叫び声をあげて、柄緒はなぎなたを真上に持ち上げた。

柄緒の少しクセが掛かった肩までの髪が宙に揺らぐ。

元々つぶらな目にはうっすらと涙が浮かび、必死である事が手にとって分かった。

「本性を現したわね!」

「うるっさいわね!私だってやりたくてやってるわけじゃないのよー!!」

平和でいたいのに、平穏が欲しいのに。

何故皆、それを邪魔するのだろう。

それは自身の性格によるものでもあると、柄緒は気付いていない。

「せァッ!!」

掛け声と共になぎなたを振り下ろす。

なぎなたは命に掠りもせず地面に突き刺さった。

だが全体重をかけておきつつも、次の動作に移るための力は残してある。

柄緒はそのまま、なぎなたを一回転させた。

「・・・!」

ふと、周りには誰もいない事に気付いた。

だが何処かにはいる、それはわかるが、一体、何処にいるというのだろう。

「・・・あ」

上だ、と気付いた時には、既に命は柄緒の脳天に舞い降りる寸前だった。

頭を割られると感じた瞬間、柄緒はなぎなたから一度手を離す。

そしてなぎなたが離れた方向とは全く別の方向に、体重をかけて倒れる。

バキィッ

地面は命の蹴りを受けて割れた。

これを頭に食らっていたら、確実に死は免れない。

考えると再び悪寒が走り、気付けば怒鳴り声を上げていた。

「ちょっと、危ないわね!!死んだらどーすんのよー!!」

「なぎなた振り回す方がよっぽど危ないわよ!!」

「蹴りが日本刀以上に凶器なあんたが何言ってんのよッ!!」

終わらない攻防、どっちも負けず嫌い。一方、出水木・京次は。

「大砲をかわすなんて流石皆月京次さんですね!」

「お前・・・」

真昼間の太陽が降り注ぐ道路で、二人は対峙していた。

通行人は少なく、大砲を担いだ危ないにーちゃんがいても誰も気にしない。

京次はじっと出水木を睨みつけたまま、微動だにしない。

「黒蝶結社の出水木史朗か」

小声で京次は言う。

しかしそれを聞き取った出水木は苦笑いをした。

「いンやァ、俺はしがないレンタルビデオショップの店長ですよー・・」

しがないレンタルビデオショップの店長が大砲ぶっ放すかよ。

多少の突っ込み所はあったにせよ、そこは無視するとしよう。

「黒蝶結社と言えば、戦う事が生業の、戦闘員ばかりを集めた場所だな」

図星、図星、図星。

ばくばくと高鳴る心臓、出水木は冷や汗を流す。

何故皆月京次は黒蝶結社の事を知っているのだろう。

「なァんで知ってんのっすぁー・・・」

もう隠す気すら起こらない。

出水木自身嘘は苦手だ、すぐに顔に現れてしまう。

「ま、まー良いだろっ、とにかく戦お・・・」

出水木は冷や汗を流し、焦りつつ大砲を構えた。

と、同時。

ガゴォンッ

「・・・」

思わず、京次も黙った。

鈍い音と、突然現れた人物。

命と柄緒が同時に、出水木を攻撃していたのだ。

「ね、責任と原因は全てこいつよ。

持って帰ってサンドバックにするも良し、この場で死刑もアリだわ!」

声高らかに言う柄緒は何よりも輝いている。

愛するパパを傷つけた出水木をどう料理するか。

命はその事で頭がいっぱいで他の事には気が回らなかった。

「み・・・みこと、程ほどに・・・な」

京次も止めないと言う事は、大砲を放たれた事に怒りを抱いているのだろう。

その後出水木がどうなったかは、命と柄緒しか知らない。

お詫びとして命が強制的に観たいビデオを数本ごっそりと持っていったのも、。言うまでも無い。

死して屍、拾う者無し・・・

「あぁ・・・平穏が欲しい・・・」

終わり。


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