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女難師弟
その2 午後 マルキーニと
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「え? もう一度言って下さい。何が欲しいんですって? 」
「かげきのーさつしたぎ! 」
「………」
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まだまだ年端もいかぬマルキーニが繰り返すその言葉を聞いて、高森は、軽く目眩を覚えた。
マルキーニが、特別おませさんなのかどうかは知らないが、この年頃の女の子の、性的情報を取り入れる反応の素早さに、ポルノを全面駆逐したくらいではまるで追っ付かない事だろうと、思わず嘆息してしまう高森だった。
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時刻は、午後2時少し前。
先週の全国高校空手選手権大会で、わざわざ会場まで応援に来てくれたお礼に、何でも欲しい物を買ってあげると約束し、二人でデパートへと向かう途中の高森とマルキーニである。
返す返すもあれは失敗だった、と高森は今更ながらに後悔する。
太郎の妹花子(仮)と午前中を過ごした後、買い物の約束を果たす為、高森は、お昼のファミレスでエデン母子と落ち合ったのだ。
そして、それぞれ身重の体と心臓のペースメーカーの検診の為、午前中病院に行っていたエデン母子と、ついでにそこで一緒に昼食を摂った。
山の麓の、大昔には病院だったという陸刀ヒットマン宿舎。その近くにあるファミレスだ。
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あの夜。
高森が担ぎ込んだ病院で、すぐに、マルキーニの体にペースメーカーを埋め込む緊急手術が行われた。お陰でマルキーニは、一命を取り留める事が出来た。
だが、それは間もなく、大国の殺し屋組織の知る所となってしまったのだ。最早、安心して通う事の出来る病院など何処にも存在しはしない。
そこで考え出された苦肉の策が、陸刀宿舎であった。
即座に、雪之絵の財力を使って最先端の医療設備が整えられた。また、出来る限りのつてを頼って、厳選された信用出来る医療関係者のみが集められた。
今、そこは、最新設備の総合病院として開業している。
「陸刀総合病院」。オーナーはアケミである。
そしてこの病院には、一般の患者が通う病棟とは別に、オーナーの関係者のみが利用出来る、特別厳重なセキュリティーが施されたVIP病棟が設けられている。そこがエデン母子の、いや皆月京次の関係者たちが通っている掛かり付けの病院なのだ。
お陰でマルキーニは、検診さえ定期的に受けていれば普通の生活が出来る状態だし、爆弾に巻き込まれて以来の逃避行で、まったく医者にもかかる事の出来なかったエデン母の体も、適切な形成治療により元の美しい姿を取り戻している。例の強化薬の後遺症も、体の小さかったマルキーニとは違って、致命的なものでなかったのは幸いだった。
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だから高森は予想すべきだったのだ、三ヶ月検診に赤子を連れて行った帰りのアケミたちと、そのファミレスで鉢合わせする事くらいは。
敵の襲撃に備え、身重のエデン母や、赤子を抱いたアケミが外出する際には、必ず誰かが護衛に付く事になっている。
この日、エデン母子にはサラメロウ、アケミには皇金とカズ子が付いていた。尤も、カズ子は、護衛というよりは、想い人に付きまとっているといった感じだったが。
その席で、返す返すもあれは失敗だった。
高森は、サラに訊ねてしまったのだ。
不用意にも、「命さんは一緒じゃなかったんですか? 」と。
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「ああ、命は、加渓と一緒に、悩殺下着を買いに行ったわ」
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サラメロウは、そう答えた。
「それを使って、今度こそ絶対に皆月京次をものにするんだ、って息巻いていたわね」
「はあ、それでタケ子さんは、それに付き合わされている訳ですか」
訊くんじゃなかった、と脱力しながら高森が言うと、今度はカズ子が答えて言った。
「いえ、タケ子はタケ子で、命を悩殺する為の過激下着を仕入れる目的らしいです」
世の中何かが間違っている。
カズ子の言葉に、高森は、ますますげんなり脱力してしまった。
だから、気付かなかったのだ。
「過激悩殺下着」という単語に、マルキーニの目が、きらきらと興味津々に輝いたのを。
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「念の為に訊いておきますけど、その言葉の意味、判って言ってます? 」
「えっちな下着の事でしょ。好きな人にえっちして貰う為の、派手っぽいの」
「で、そういう相手でも居るというんですか? 」
高森の質問を受けて一瞬浮かんだ一人の少年の姿を、マルキーニは、ぶるぶると頭を振って追い出した。
「ん〜〜、お兄ちゃん、誘われてくれる? 」
幼い媚びを含んだ目で、高森を見る。
「お断りします。僕は、まだ警察に捕まりたくはありませんから」
「ざ〜〜んねん」
マルキーニは、「ちぇー」と言って、道路の小石を蹴っ飛ばした。
少しおませな女の子の、極々普通の姿。
高森は、改めて自分の師を「強い」と思った。
戦闘力の事ではない。
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御緒史の死後、雪之絵真紀は、雪之絵本邸に乗り込んだのだそうだ。京次によると、おおかた全てをぶち壊してやるつもりだったのだろうという事だ。
だが、そこで雪之絵真紀は、皆月京次宛ての御緒史の手紙を発見する。
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雪之絵真紀に呼ばれて、京次が訪れた御緒史の私室は、財閥の当主の私室としては極めて簡素なものだったという。
机の上には、夢に出て来た「自称真紀の母」が、赤子を抱いて微笑む写真が飾ってあった。
そして、雪之絵真紀が検めたのだろう、開け放たれた引き出しの中には、どうやって撮ったのか、赤ん坊の頃から始まって様々な年齢の雪之絵真紀と命の写真が、区分けされて大切に保管されていた。
その机上に置かれた封書。
「皆月京次 様」
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後日、京次が、高森にだけ話してくれた。
御緒史も、娘を救おうと必死に調査した結果、同じ結論に達したらしい。悪霊を、一度「黒い瞳」として発現させ、然る後、弱らせて何処か別の場所に封じ込めるしかない。そして、父親が犠牲になり、娘を正気に戻らせる、と。
過去、「黒い瞳」となった少女は、父親を殺害したショックに耐えられず発狂した。
娘をそうならせない為に、御緒史は、敢えて「殺して当然の憎むべき父親」を演じ続けたのだと。
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手紙にはまず最初に、娘雪之絵真紀を幸せにしてやって欲しいとの、父の願いがしたためられていたそうだ。
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「雪之絵の親父さんは、手紙の中で何度も自分の事を『意気地なし』だと、『臆病者』だと書いていたよ。『決断すべき時に、行動すべき時に逃げ出した卑怯者』だとな」
皆月京次は、夕日を見ながらそう言った。
「………だが、それを言うなら、臆病者はこの俺だ」
苦しげな京次の顔を、夕日が照らす。
「一度だけ、命に面と向かって言われた事があったよ。『 親としての俺なんか大っ嫌い! 』ってね」
「胸が痛んだよ。死んじまいたいくらいショックだった。たったの一度の拒絶ですらそうなんだ」
「雪之絵の親父さんは……、愛する娘に憎まれ続けなければならなかったその日々は、一体どんな気持ちだったんだろうな」
「臆病者は、俺だよ。雪之絵真紀が妊娠したと言った時、俺は何もしなかった。命が写っている葉書が来た時もそうだ。命がうちに来た時もだ。厄介事だとくらいにしか思わなかった。それでいて、誰もにいい顔をして、誰からも好かれようなんて虫のいい事を考えてたんだ。臆病者は俺だよ」
不甲斐ない自分を睨み付けるかのように、鬼気迫る表情を夕日に向けて、京次は唇を噛んだ。
「高森。俺は、もう逃げない」
「誰に憎まれようと、誰に誹謗(そし)られようと、誰を敵に回そうとも、全てを背負って行ってやる! 俺の代わりに命を救ってくれた雪之絵の親父さんの恩を、俺は決して忘れない! 」
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その日以来、確かに京次はそうして来た。
女好きと悪し様に噂を立てられようとも、近所の評判が悪くなろうとも覚悟の上で、御緒史の願いを受け入れた。
御緒史の願いは、二番目に、アケミを女として幸せにしてやって欲しい。
愛する娘と孫を救う為とはいえ、親友の娘が鳳仙圭に苦しめられている事を知りながら黙認し続けていた事に、御緒史は、耐えきれない呵責を感じていたらしいのだ。
そして、三番目に、エデン母子を護り、幸せにしてやって欲しい。出来れば、新たに家族を授けてやって欲しいと。
大国組織に付け狙われ雇い手のないエデンを、御緒史は雇った。
無論、安っぽい同情などではない。
自らの命の灯火が消えかかっている中で、愛娘の傍を片時も離れないエデン父。
御緒史は、彼に尊敬と称賛の念を抱き、また、愛娘真紀への自らの叶わぬ願いを、せめてエデン父に投影して叶えたかったのだろう。
エデン父の願いは、妻子の幸せ。自分の命尽きたその時に、妻子を守る事の出来る男に託したい。
娘と孫を救う為に死ぬつもりである御緒史には、それは出来ない。
御緒史は、皆月京次を推した。
娘雪之絵真紀の選んだ男こそ、世界で最も信頼出来ると考えたのだ。
そして、試しに、二人が一緒の所をエデン母に襲わせた。
結果、この男ならと、エデン父も安心したそうだ。
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だから。
世間の目には、次々と妾を囲う好色漢と見られようとも、京次は逃げない。
命に時折冷ややかな視線を向けられようとも、京次は逃げない。
雪之絵真紀の殺意の目からも、怒り狂う詩女からも、京次は逃げない。
………無論、多少の小細工は弄した。
エデン父がいかに絶望的な状況で妻子を想い、その幸せの為に自らの命を擲ったか、その戦いぶりを。その最期を。
感動的に話させたのだ ………高森を連れて来て。
鬼嫁詩女の目にも涙!!
高森の起用は正解だった。京次が話していたならば、浮気の言い訳としか映らなかっただろう。
また意外にも、貴時が援護してくれたのも幸いだった。
殺し屋との命のやり取り。そんな危険な事に手を出していたなど、母親に知られればこっぴどく怒られるのが見えているにも関わらず、高森の話に信憑性を付与してくれたのだ。
勿論、爆弾を爆発させたり、改造拳銃をぶっ放しまくったりした事は巧妙に隠してある。
そして、説得に手こずるかと思えたもう一方の難関、雪之絵真紀は、愛娘を救った恩人の遺言という事で、大いに面白くなさそうながらも譲歩した。
今。
相変わらず大国の殺し屋組織や、強化薬を手に入れようとする各国軍部情報部やテロリストに付け狙われながらも、エデン母子は、皆月京次とその仲間たちに守られて幸福に、比較的平穏に暮らしている。
再来月には、待望の新しい家族まで授かるのだ。
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幸福な母子を見るたびに、高森は思う。
京次さんは、強い。そして、微力ながらも、そんな京次さんの力になりたいと。
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「ママは、京次に赤ちゃん作って貰ったくせにさー、私が誰かと付き合うのは、まだ早いって言うのよー」
マルキーニは、口を尖らせて、高森に日頃の不満を訴えた。
「確かに、まだまだ早いと思いますよ」
だが、高森からは、やはりごく常識的な答えが返って来ただけだったので、マルキーニは、その不満を、落ちていたジュースの空き缶にぶつけるしかなかった。
「ちぇー」
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かーーーーーん。
………ひゅるひゅるひゅる〜〜〜〜。
すこーーーーーん!!
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放物線を描いた空き缶は、不運にもタイミング良く前方を歩いていた三人連れの、右端の少年の頭を直撃した。
「何しやがるっ!! 」
振り返った三人連れと、高森、マルキーニの目と目が合う。
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「ちび」
「マル子ちゃん」
貴時と命の呼び掛けに、マルキーニの眉がぴくりと上がる。
初めの頃、この少年が、面と向かって平気で「ガキ」と呼んで来たのに比べれば、格段の待遇改善ではあるのだが、この少年とその姉に、こうして同時に呼び掛けられると何故かとても面白くない。
外国生まれ外国育ちのマルキーニは、当然、一世を風靡したあのテレビアニメを知っているはずはないのだが、何か子供扱いされているという事は敏感に感じ取るらしい。
無論、それは命のせいではない。
マルキーニが、マル子の名で通るようになってしまったのは、どちらかというと、桐子と加渓にカズ子、タケ子と無責任な命名をした前科のある、あの父親のせいである。
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「どうしたの、マル子ちゃん? 高森と、どっかお出かけ? 」
自分と同じ様な髪型をした、この姉単体の呼び掛けならば腹は立たない。
「えっへっへ〜〜ん。大人のデートなの」
マルキーニは、視界の片隅でふてぶてしく煙草をふかす少年をちらりと見やり、傍らの高森の腕にぶら下がるように抱き付いた。
もう一度こっそり、ちらりと見ると、憎たらしいその少年は、煙草をふかしながら明後日の方向を向いている。
むかっ!
何故か、さっきよりももっと無性に腹が立つ。
「いや、空手選手権で応援してくれたお礼に、何か子供向けのもの買ってあげようと思いまして」
高森が、やんわりと「大人のデート」を否定する。
「ふ〜ん、良かったねー。何買って貰うの〜? 」
「縫いぐる……」
答えようとした高森の言葉を引ったくって、マルキーニが叫んだ。
「過激悩殺下着!! 」
ごほっ、ごほっ、げほっ、ごほっ……。
珍しく、貴時が煙にむせた。
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「へえ〜〜、悩殺下着? 偶然だね、あたしたちもだよ。そうだ、マル子ちゃん、お姉ちゃんが、せくしーなの見立ててあげようか? 」
「ほんと? お姉ちゃん」
マルキーニは、諸手を挙げて喜んだ。
「ほんとほんと、お姉ちゃんに任せなさい! 」
京次の守備範囲外の同性に対しては、命は、とても愛想が良い。いや、もしかしたらそれは、マルキーニに優しくして京次の前で点数を稼ごうという魂胆なのかもしれないが。
「ね、いいよね、タケ子」
「そうね。頼まれてる、カズ子の分の勝負下着も買わなきゃいけないし、人数多い方が手分け出来ていいかも」
「は? カズ子さんの……何ですって? 」
高森のお間抜けな質問に、命が答える。
「だからー、悩殺勝負下着よ。カズ子も誘ったんだけどさー、今日は、あの露出症半レズ女にひっ付いて回るから、代わりに買って来てーだってさ」
……確実に、世の中何かが間違っている。
他人事のようにタケ子の話をしていたカズ子の、悩殺ターゲットが誰なのか容易に想像出来たので、高森は再びそう思った。
「……い、行きましょうか、それじゃあ……」
これ以上聞いていたら、頭痛がしそうだ。くらくらする頭を右手で押さえ、とにかく高森は歩き始めた。
「れっつごー」
その腕に、マルキーニが当然のようにぶら下がる。
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通りを行くその珍妙な五人連れは、かなり人々の注意を引いた。
活発そうなツインテールの少女と、お洒落してその娘にぴったり寄り添うショートカットの少女。少女漫画から抜け出て来たかのような長身の美形と、その腕にぶら下がる金髪の女の子。
そして、その後ろから一人付いて来る寡黙な少年を、マルキーニは、気付かれない様にちらりと盗み見た。
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そして。
そして、それら五人を盗み見る、また別の視線。
狭い路地の奥から五人を見ていたその視線は、気付かれない様に通りをひとつ分隔てて、注意深く後をつけ始めたのだった。
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「えっへっへーん。のーさつしたぎ、のーさつしたぎ、るんるん(はあと)……ん? お兄ちゃん、どうしたの? 」
お目当てのふりふりで派手派手なランジェリー一式を高森に買って貰い、上機嫌でべったりと密着するマルキーニ。
そして、「果たして、これで良かったのだろうか? 」と悩む高森が急に立ち止まったのは、デパートから帰る途中。鬱蒼と木々の茂った公園のあたりだった。
「どうした? 」
「囲まれたようですね。500メートル……くらいかな。待ち伏せていたみたいです」
訊ねる貴時に、高森は、敵との距離までも情報提供する。敏感に気配を察知するその能力は、師匠譲りだ。
「ふん。狙いはちびか、命姉さんか」
「何処が有利だと思います? 」
高森の言葉に貴時は、ちらちらと周囲に視線を投げた後、後ろに向かって顎をしゃくった。
「さっき電話ボックスがあったろう。空手家のお前さんにゃ、あそこがいい」
そして、前方を歩く命たちに声を掛ける。
「命姉さん。敵だ。電話の所で迎え撃つ」
弟の声を聞いた命は、雪之絵の顔を浮かべてゆっくりと振り返った。
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このメンバーを襲って来る所から見て、今日の敵は恐らく、マルキーニを攫ってエデン母に無理矢理例の強化薬を作らせようという連中か、または、命を攫って再びその中に悪霊を封じ込めようといった輩とみて間違いないだろう。
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高森たちの目の前に20人ばかりの男たちが姿を現したのは、10メートル程引き返して電話ボックスの前に陣取った、丁度その時だった。
「そいつを渡して貰おうか」
ひときわ体の大きな男が、マルキーニを指し示す。
「変態!! これは、私とお姉ちゃんたちの、大事な過激悩殺下着よ! 」
マルキーニは、そう叫んで、四人分のデパートの袋をぎゅっと胸に抱え込んだ。
顔を顰めて、大男が繰り返す。
「下着なんぞに用は無い。そのガキをこっちによこせ」
「お断りします! 」
すると、高森の返答を合図にしたかのように、男たちは、手に手に刃物を取り出して一気に襲い掛かって来た。
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鋭い切っ先が、横薙ぎに高森を襲う。一瞬体を沈めて、高森は避ける。そして、相手の返す刀に合わせて一歩踏み込み、カウンターぎみに肘に拳を叩き込む。
折れた。
相手が呻いて蹲る。
貴時がこの場所を選んだのは、正解だった。
ガラスを背にした相手に対して、誰しもが本能的に躊躇してしまうのだろう。身を躱されれば自分がガラスに突っ込むような、体重の乗った攻撃を掛けて来る者はいない。高森は、左右から薙いで来る攻撃にさえ合わせていれば良いのだ。
状況判断に関して言えば、恐らく、この少年こそが最も長けているだろう。
高森の視線のその先で、その少年皆月貴時は、電信柱に背中を預け、ゆったりと煙草を燻(くゆ)らせていた。
二丁の改造拳銃の一方で近付く敵を牽制し、もう一方は何時でも仲間を援護出来る。しっかりそんな場所を確保して、サングラスの下のその瞳は、常に戦況を冷静に分析している。
肉弾戦には何の素養もないとはいえ、司令塔として頼もしい戦士だ。
そして、その姉。
弟とは対極にある戦闘スタイルの姉は、親友と共に縦横無尽快刀乱麻の大暴れだ。
軸脚を次々に入れ替えて行くお得意の円運動で蹴りと手刀を浴びせ、敵の得物を弾き飛ばしてはとどめを刺す。
そして、その親友はというと、持ち前の筋力に物を言わせ、敵の足を引っ掴んで斬馬刀よろしく振り回し、自分の武器としてしまっている。
大風車の如く大の男をぶん回すその風圧が、高森の所まで届いて来る。
そしてマルキーニ。
更にパワーアップしたその能力は、今や、動いている相手に対してさえ有効だ。
いきなり全身を麻痺させるにはまだ至らないが、比較的動きの緩慢な部位に電気を集中させ、当人の意思とは違った筋肉運動をさせる事により、敵の攻撃を無効化出来る。
楽勝。
高森が、そう思った時だった。
「きゃあああーーーーーーーーっ!! 」
絹を裂くようなマルキーニの悲鳴!
はっとして、全員がそちらを向く。
黒いウェットスーツの様な物で全身を包んだ男たち三人が、長い刀を振りかざし、まさに彼女に斬り掛かる所だったのだ!
まずい!
目の部分だけをくり抜いたゴム製のウェットスーツは、体のどこにも電気を通さない。加えて、あの刀が避雷針の役割を果たす。マルキーニの技は、あの装備の前では全くの無力だ。
男の刀が振り下ろされる!
ずばあーーーーーーーっ!! どしゅっ!!
「嫌ああああああああああああああーーーーーっ!! 」
マルキーニの叫び!
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「ああああああああーーーーーーーーーーーーっ!? 」
「あたしの勝負下着ーーーーーーーーーーーーっ!! 」
「なんて事しやがんだこんちくしょーーーーーっ!! 」
命とタケ子も絶叫していた。
男の刀は、マルキーニが思わず目の前に翳したデパートの袋を斬り裂いたのだ。
間髪入れず、命の飛び蹴りが罪深い男を襲う。
タケ子も、武器にしていた男を、もう一人に向けて投げ付ける。
そして高森は走った!
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三人目のウェットスーツの男の切っ先が振り下ろされる瞬間、高森は、ヘッドスライディングのように飛び込んでマルキーニに覆い被さった。
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ざくっ!!
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どむっ!!!
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高森の背が斬りつけられたのと、貴時の改造拳銃が火を噴いたのは、殆ど同時だった。
ウェットスーツの最後の男が、頽れる。
「大丈夫だったかい? 」
「怖かったよー、お兄ちゃーーん! 」
気遣う高森の体に手を回し、今にも泣きそうなマルキーニが、胸にかじり付いて来た。
その頭を、そっと撫でてやる。
「もう大丈夫だよ」
「…うん」
高森が体を起こそうと動いたので、マルキーニは、その背中に回していた腕を解いた。
ぬるっ。
その手に残った温かくぬめる感触を、マルキーニは、目の前に翳して見た。
「お兄ちゃん、血が出てる」
「ん? ああ、大した事はありませんよ」
答える高森のその顔を、マルキーニは、じっと見詰める。
「……お兄ちゃん、こんな怪我してまで、私の事守ってくれたのね」
マルキーニの瞳が、やけにきらきらと輝いた。
思春期直前の少女特有の、夢見る瞳。
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マルキーニのさくらんぼの唇が、高森の唇に近付いて、ちゅっと軽く音を立てた。
「ありがとう。お兄ちゃん、大好き」
そして、もう一度しっかりと高森の背中に腕を回す。
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それを見る貴時の瞳が、きゅうっとサングラスの奥で細められた。
ゆっくりと、冷徹に、高森に向けて照準を絞る。
高森は、気付いていない。
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そして、貴時は、全く顔色のひとつも変えず、高森に向けてそのトリガーを引いたのだ。
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「ろりこん」
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ずっぎゅーーーーーーーーーんっ!!
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その「言葉の銃弾」は、マグナム弾よりも強烈な破壊力をもって、高森の繊細な胸を貫いたという。
合掌。
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その3 夜 命とサラと京次と食事 へ続きます。
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