女難師弟

その1 午前 太郎の妹と

「ふん、俺は初めから、君がレベル低いなんて、思っていなかったがね」


 高森は、時折思い出す。

 皇金のあの言葉。高森を前にと歩かせてくれた、あの言葉を。

 あの時、先の教室での一件で命を守れなかった自分が、どこまで役に立つ事ができるのか。再び足手まといになるだけではないかと、迷いながら戦いに身を投じた高森。踏み出し切れないこの背中を、皇金のあの言葉が押してくれた。

 高森は思いを馳せる。

 昨日までは敵だった者と、昨日までは見も知らなかった者と、共に助け合い死線をくぐり、勇気を、優しさを、そして悲哀しみを知ったあの日の事を。

 怪我人の為に途中で戦列を離れざるを得なかったとはいえ、高森は後悔していない。そうしたからこそ、途中でサラメロウを発見し、瀕死の彼女を病院に運ぶ事が出来た。太郎の妹にしても、もし一人で戦線を離脱していたなら、あの鳳仙屋敷を無事脱出出来たかどうかさえ怪しいものだ。

 当時の高森の心中はどうあれ、結果として、三人もの命を助ける事が出来た。

 前に歩く。

 たとえそれが、自分の望んでいた道ではなかったとしても。


 おかげで今の高森がある。

「高森君。高森君ってば」

「え? 」

 すぐ隣から呼び掛ける声に、高森は、はっと我に返った。

 愛らしい笑顔が陽光に眩しい。

「優勝おめでとう。高森君」

「ありがとう」

 あれから一年余り。

 高校二年のこの夏、全国高校空手選手権大会で、高森は、見事優勝に輝いた。

 そして今日、高森は、太郎の妹花子(仮)と並んで、街外れの小高い丘の斜面に腰を下ろしている。

 何かと忙しかったここ一月余りを労う意味で、太郎の妹花子(仮)が、たまには高森をゆっくり休ませようと、「ゆったり息抜きデート」と称してここへ連れ出したのだ。

「どうしたの。じっと考え込んで」

「いや、ちょっと皇金の事を……」

 そこまで言った時、高森は、何者かの気配を感じた。

 そっと手頃な石を拾うと、振り向きざま10メートルほど離れた草叢目掛けて投げつける。

 ごっ!!

 手応えあった! と思うと、何かが「にゃあーー! 」と鳴いてがさがさ走った。

「ど、どうしたの!? 敵!? 」

 遅れて、太郎の妹花子(仮)が身構える。

「いや。どうやら、野良猫だったみたいだ」

 高森の言葉に、太郎の妹花子(仮)が、ほっと胸を撫で下ろす。

 「敵」とは何者か? それは、ここで説明せずとも追い追い判って来るだろう。

 元陸刀子飼いのヒットマンたちも、もはや血生臭い裏稼業に従事してはいない。しかし、それは、必ずしも安穏とした日々を送っているという意味ではない。今現在も、皆月京次とその家族を狙ってやって来る輩は、依然として後を絶たないからである。

 あの日の鳳仙屋敷。

 戦列を離れた高森は後から聞いた話だが、命が、『黒い瞳』と呼ばれる悪霊に操られた暴走状態に陥ったらしい。この状態は、雪之絵、鳳仙、陸刀、三家の血筋を、一人残らず滅ぼし絶やすまで止まらない。その為には、行く手にあるものは全て殺戮破壊する。

 無論、三家の関係者は、あの鳳仙屋敷にいた者だけではない。日本中に、親戚が散らばっている。という事は、『黒い瞳』の凶行に、日本中が血の海となっていても不思議はなかった訳なのだ。

 命を正気に戻す手段は只一つ、肉親をその手で殺害する事。そして、皆月京次、雪之絵真紀の両名が自らの命を捨てるつもりだった。

 だが、いち早く命の前に立ったのは、以外にも雪之絵真紀の父、雪之絵御緒史その人だったという。

「私がお前の父親だ。憎んでも憎んでも憎み足りない、お前の父親だ」

 雪之絵御緒史は、そう名乗ったという。

 そして、何年も何十年もその瞬間(とき)を心待ちにしていたかの様に、初孫を愛おしげに抱きしめ…………手刀で胸を貫かれて死んだ。

 口からごぼごぼと血を流し、弥生、真紀、命……、妻と娘と孫の名を何度も何度も呼びながら息絶えたという。

 その顔は、長年の重荷をやっと降ろす事が出来たかのように、安堵に満ちたものだったそうだ。


 命自身は、憶えてはいない。


 そして、恩義に感じた京次は、生き残った者たちを御緒史の遺言に従って「世話」し、また敵から護り続けているのだ。それは、世間的には余り評判の良くない方法で、なのだが。

「ねえ、どうしたの? またじーーっと考え込んで」

 太郎の妹花子(仮)の不満げな言葉に、高森は再び我に返った。

「ん、ああ…ええと、皇金の事だよ皇金の」

「皇金さんが? 」

「えー、つまり、高校生相手には勝てたといっても、まだまだ皇金には敵わないなってね。ほら、彼も益々強くなってるし」

 高森は、話の辻褄を合わせようと饒舌になる。

「何せ、初めて彼に会った時には、全く話にもならなかったからね。まるで猫が鼠を弄るように、いいようにあしらわれてしまったから」

 高森のその言葉に、なぜか太郎の妹花子(仮)は異議を唱えた。

「鼠を弄るように?それっておかしいよ。あり得ない」

「? 」

「高森君が皇金さんと初めて会ったのって、任務の上での事でしょう? あのね。任務ってのは、試合なんかと違って邪魔が入っちゃったらそれまでなの。悠長に戦うなんて出来ないの。むしろ、言わば時間との戦いね」

 太郎の妹花子(仮)は、ちっちっちっと人差し指を左右に振って訳知り顔だ。

「全ては戦略。意味のない事なんて、ひとっつもしてる暇ないのよ」

 そう言って、人差し指をさらにぐぐっと前に突き出す。『ひとっつも』を強調しているつもりなのだろう。

 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 例えば、太郎。

 あの時、侵入者側はたったの三人。対して、生徒の数は四十人以上だ。

 もしも生徒たちが、散り散りになって一斉に教室を飛び出したならどうなっていたか。いくら三人が強かろうとも、全員を押さえるなどできる訳がない。

 牽制するには、下手に動いたらどうなるかを示す『見せしめ』が必要だ。

 なるほど、あれは、生徒たちに一斉行動を取らせない為か。ただの助平ではなかった訳だ。

 そしてサラメロウ。

 彼女は、カズ子の脚を折った。

 そうしなかったなら、当然カズ子は、命を呼んだ後さらに誰かに助けを求めていたろう。

 正義感に動かされた者も野次馬も含め、次々と人が来ただろう。無論、彼らに対抗できるほど強い者などいないだろうが、彼らにとっては、時間が長引く事自体が即ち任務の失敗である。

 それを避ける為、多少の時間ロスを見越した上で、敢えてカズ子の歩行を困難にした。

 では、皇金の行動にはどんな意味があったのか?

 考え込む高森に、太郎の妹花子(仮)は言う。

「それって皇金さん、命さんを誘拐する任務だったんでしょ? 」

 高森は頷く。

「じゃあヒント。もし誘拐が成功してたら、高森君はどうしてたかしら? 」

「勿論、命さんを助けに……。そうか、それで僕を戦闘不能に……、いや、それならもっと簡単に出来たはずだ。あんなに実力差があったんだから」

 やはり、命が来るまでの暇潰しに弄んでいたとしか思えない。

 考え込む高森に、太郎の妹花子(仮)は、くりっとした目で問い掛ける。

「それじゃ高森君、怪我したら諦めた? 気絶してるうちに命さんが連れ去られたら、諦めた? 」

「いいえ」

 高森は即答する。

「じゃあ、皇金さんが高森君にそうさせない為には? 」

 高森には即答できない。

 考える。だが分からない。

 太郎の妹花子(仮)は高森を見ると、ゆっくりと人差し指で自分の胸を指し示し、おもむろに口を開いた。

「答えは、ね。『心』を、取り返そうとする『意思』を潰す事」

「ただ怪我させたって駄目。こいつにだけは絶対に、逆立ちしたって敵わないと思い込ませる事。骨のある敵に対しては、これ以外に方法はないの」

 任務の経験はないはずの太郎の妹花子(仮)だが、まるで何度も場数を踏んでいるかのような自信に満ちた、妙に説得力のあるセリフ。恐らく周囲の陸刀ヒットマンたちから得た、言葉だけの知識だろうが……耳年増というか、耳ヒットマンとでも言おうか……。

 彼女は続ける。

「植え付けるのは、恐怖か諦め。そのためには、言葉と拳の両方を効果的に使って『超えられない格の違い』を意識に焼き付けるの。どんなに努力したって、絶対駄目だと思い込ませるの」

 高森は思い当たった。

「キミも、強くなるために”必死”になったクチかい? 」
「それじゃあ、俺には勝てないなぁ」
「”必死”じゃあ駄目なんだよ。”必死”じゃあ」

「うん。それって皇金さんの切り札よ」

「切り札? 」

「そう。めったには使わないけどね。絶対に今、完璧に潰しとかなきゃっていう強大な敵に遭った時だけの、切り札」

 高森は、ぽかんと口を開けて呆けた。

 彼女の説明に、理解出来ない論理の飛躍を感じる。

 キョウダイナテキ。確かに日本語なのだが、意味のある単語に変換できない。

「考えてもみてよ。もしその言葉が本当なら、もう生き死にのヒットマン稼業する必要もない皇金さんが、更に強くなり続けてるのは何故かしら? 」

 高森は困惑した。

「あの日、皇金さん、顎砕けてたのに何度も呟いてたよ。『恐ろしい相手に出会った』ってね」
「だからあたしが『そうだね。皇金さんのそんな怪我、初めて見るもん』って言ったら、皇金さん一瞬不思議そうな顔してね、『いや、こっちの相手じゃない』って答えたの」

 こっちの相手じゃない?

 それは詰まり、『恐ろしい相手』とは、その怪我を負わせた命の事ではない、という意味だ。

 では、誰の事か?

 あの日、皇金と対峙したのは、命を除けば自分だけだ。

「皇金さん言ってたよ。『本気で、全力で潰そうとしたんだがな』って。でも、倒れないんだって。潰せなかったって。どうやっても目が死なない、って。お兄ちゃんもね、あんなに焦った皇金は初めて見たって言ってた」

 そうか。
 今、高森にも判った。

「ふん、俺は初めから、君がレベル低いなんて、思っていなかったがね」


 あれは、高森に気を遣った言葉でも、ただ奮起させようとして掛けた言葉でもない。

 強敵(ライバル)と目する相手にのみ向けられた、正直な評価。

 高森は、何か熱いものが胸を満たすのを感じた。

「どうしたの? またじーーっと考え込んで」

 三度、太郎の妹花子(仮)が訊ねた。

「あ? ああ、お、皇金の……」

 慌てて答える高森を、太郎の妹花子(仮)は、にこおーーっと笑って遮った。

「う・そ。判るよ。あの夜の戦いの事、思い出してたんでしょ? 」

 見抜かれて、高森は、ちょっと頭を掻いた。

 太郎の妹花子(仮)の笑顔が胸に痛い。全員が、いわば身寄りのない者だった陸刀ヒットマンたちは、ひとつの家族。正直、彼女の前では、一晩で大勢の家族を失ったあの夜の話題は避けたかったのだ。

「大勢、死んだよね」

 太郎の妹花子(仮)が、ぽつりと呟いた。

 高森の胸が締め付けられる。

「上手く言えませんけど……」

 正面に向き直って遠くを見詰め、高森は言う。

「あの夜以来、僕たちは家族です。誰が何と言おうと家族なんです。大勢、大切な人を失ったけど、でも大勢大切な人を得て、これからも……! 」

「うん、判るよ」

 思わず力説する高森を、太郎の妹花子(仮)は、再びにこおーーっと笑って遮った。

「……これからも幸せにならなきゃ。きっと、亡くなった家族みんなも、皇金も太郎も、そう望んでる」

「うん」

 太郎の妹花子(仮)は答えた。

「ね、高森君。手、握ってもいい? 」

 太郎の妹花子(仮)が何を求めているのか、精神的には女性である高森には良く判る。そして、そんな高森だからこそ、下心なしに接触して安心させてやれる。

 二人の掌が、互いを呼び合う。

 あと5cm……3cm……2cm……1cm……。

「待てコラアアァァァァァァァァァァ!! 」
「高森ぃ!てんめえェェェェェェェェ!! 」

 どどどどどどっ!!

 強烈な地響きと共に一陣の疾風が巻き起こったと高森が感じる間もなく、太郎の妹花子(仮)の姿は、その目の前から掻き消えていた。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」

 高森から十メートルほどの距離を取り、左右から彼女を護る様に間に挟んで立つのは、皇金と太郎だ。

 仁王立ちで息を荒げ、激しく肩を上下させている。まさに、鬼の形相とはこれだろう。まるで前鬼と後鬼のようだ。

 あっけに取られる高森。

 今の現象を目の前にして、さすが冷静な高森の頭にも、一瞬「神隠し」という非科学的な単語が浮かんでいた。

 心を落ち着け、太郎の妹花子(仮)の姿をその目で確認する。良かった、神隠しではないようだ。

 彼女の姿はそこにある。

 してみると今の現象は、皇金と太郎が、人知を超えた速度でもって、高森の目の前から妹を奪い取ったという事らしい。

 信じ難い神懸りの業。

 元々高森よりも速い二人だが、今の動きは速すぎる。まるで師、皆月京次か「白い死神」が二人に乗り移ったかのような神速だ。しかも腰の潰れている太郎に至っては、今の鬼神の動きを車椅子でこなした事になる。しかもこれは、ただの車椅子ではない。あの鳳仙家襲撃計画を伝え聞いた太郎が、恐らく仲間のうち何人かとは今生の別れとなるに違いないと知り、何が何でも共に戦いたいと、つてを頼って裏の職人に頼み込み、造って貰ったのがこの重火器装備の戦闘用車椅子なのだ。残念ながら、体の方の回復が間に合わなかった為、あの夜の参戦は叶わなかったが、今ではこれを、手足の様に自由自在に使いこなしている。こいつがパラリンピックに出たとしたら、あらゆる記録を塗り替える事必至だろう。


「高森ぃ、てめえ汚えぞ。勝手に人を殺すんじゃねえっ」

 仁王立ちの皇金が、高森をびしっと指差して怒鳴りつける。

「大丈夫か!?あいつに何もされなかったか?エッチな事とか嫌な事とかされなかったか!? 」

 太郎が、おろおろと妹に尋ねる。自分はいきなりタケ子の処女膜を破ろうとしたくせに、ずいぶんなやつだ。

「またか……」

 高森は、気付かれぬ様にそっと溜息をつく。

 このところ、いつもいつもこのパターンなのだ。

 そして皇金が、ずいと一歩を踏み出した。

「たぁくゎあぁもぉりぃぃ〜〜」

 ぎぬろんと高森を睨み据え、あたかも地獄の閻魔が犯罪者に裁断を下す為に最後の尋問をするかのように、皇金の言葉がやけにゆう〜っくりと絡みついて来る。

「てめえぇ、まぁさぁかぁ、何か不埒な事はぁ、しなかったろうなあ」

「手を握ろうとしただけだよ」

 あっけらかんと、太郎の妹は告げた。

「なっにいぃぃぃぃぃーーーーっ!!! 」

「たっかもりぃぃっ!! てめえっ、死んで詫びろおっ!! 」

 まるで地獄の獄卒が今まさに刑を執行せんとする勢いで、鬼の形相の二人は、高森に向かって飛び掛かって来る。

「待てっ、待て待て!! 『ろうとした』だけだ。まだ握ってない」

 ほとんど反射的に高森は言い訳を叫びたて、刑の執行を延ばそうとする。

(誰かさんとそっくりな行動だ。そんな所まで似て来たか。)

「ああ〜ん? 」

 二人は鬼の形相を崩さぬままに、高森の目の前に鼻がくっつくほどに顔を寄せ、舐め上げる様にガンを飛ばす。

 こう書くとまるでやんきーの兄ちゃんみたいだが、相手は何度も死線を潜り抜け、幾多の殺しをこなしてきたプロの二人だ。そこらのやんきーややくざとは、雲泥の違いがある。

 エデン父を相手に死地を経験した高森でさえ、正直びびる。

 こと妹の事になると、この二人はいつもこうだ。

 その理由は、まあ高森としても分からないでもない。

 何十人といた陸刀ヒットマンたちも、アケミとサラを除けば生き残りはここに居る三人だけだ。身内への愛着が一際強くなるのも無理はない。

 また、朱吏陽紅は、太郎の妹を殊に可愛がっていたという。彼を敬愛してやまない二人にすれば、せめて代わりに彼女を可愛がる事は、彼への手向けの意味もあるのだろう。

 更に、『新しい名前』にまつわる彼女の寂しい思いを、あの戦いで初めて知った事の罪悪感も手伝っているに違いない。

 それやこれやがあいまって、二人をして妹溺愛へと走らせてしまったようだ。

 その結果が、今高森の鼻先1cm にある『これ』である。

 その溺愛の何がどうなって、二人が父性愛に目覚めてしまったのか? 彼女が高森と逢うと知るや、何処に居ようとも必ず探し出し監視に来る。殆ど父親状態なのだ。

「『ろうとした』だけ、本当だろうなあぁ? 」

「まだ握ってない、間違いねえんだろうなあぁ? 」

「ほ、本当……です」

 ひくひくっ。二人のこめかみに血管が浮く。思わず高森も丁寧語になってしまう。

 並みの人間なら、もう五、六回は恐怖で心臓麻痺を起こしているところだ。

 さらに数秒間、二人は高森の顔を舐め回した後、やっと二、三歩退いて高森を解放した。

「まあ今日のところは、そういう事にしといてやろう」

 ほうっ。高森は、やっと息をつく。

「た・だ・し」

 ひくっ。

 絶妙の間だ。

 そして、二人の体をオーラが覆う。

「次に・そういう・気を・起こした時はぁぁ〜」

「どおぉぉなるかぁぁ〜、判ってるよなぁぁ〜」

 ごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごんごん

 高森には聞こえる。

 師、皆月京次から聞いた事がある。この効果音を身に纏っている者にだけは、決して手向かってはならないと。

 それでなくても、高森ではまだまだ対等に戦えるとは思えない皇金なのだ。それが「娘を守る父親状態」になったならどうなるか? あの夜の皆月京次を思い出してみればよい。

 そして、太郎の戦闘車椅子。バズーカやらガトリング砲、火炎放射器やミサイルランチャーの一斉射撃の標的となって、生きていられる訳がない。

「……き、肝に銘じます」

 思わず直立不動の姿勢で、背中に冷や汗を感じながら高森は答えた。

 そんな高森を放っぽって、二人は、今度は太郎の妹花子(仮)に向かって父親説法を始めている。

「お前もなあ、もう子供じゃないんだから、もっと警戒心ってものを持たなきゃいかんぞ」

「やけにめかし込んで出掛けるのを見たってアケミが言ってたから、気になって町中探し回ってみりゃあ、案の定これだ」

「俺たちが来るのがもうちょっと遅かったら、今頃は、無理矢理押し倒されて犯されて、処女を散らされてたんだぞ」

「こ、こらこら。無茶苦茶な出鱈目言うんじゃない」

 余りの言いぐさに、慌てて高森は声を上げた。

 じろり。

 二人掛かりの視線と言葉が突き刺さる。

「ふん。こんな人目につかねえとこへ連れ込んどいて、何言ってやがる」

「口説いてやらしい事しようとしてたに決まってんだろ。見え見えなんだよ。おめえの口先はよお、女にゃあ放射能並みの危険物なんだよ。この女ったらしがっ! 」

「ば、馬鹿な。皇金、何を根拠にそんな事を……」

「根拠? 根拠ねえ」

 にやりと不敵な笑顔を浮かべる皇金。

 その時。

「いたわ! やっぱりいたわよ! 」

 どこからか黄色い声があたりに響いたかと思うと、わらわらわらっと女生徒たちが現れて、あっという間に高森の周囲を取り囲んだ。

 にやっ。

 勝ち誇ったかのように、皇金が口の端を吊り上げる。

「根拠なら、今目の前にあるじゃあねえか。この女どもを見ろ! 動かぬ証拠ってえやつだ。やあっぱり危険物だよ、おめえ。一体何人の女に手え出してんだあ」

 謀られたっ!!

 皇金たちこそが、彼女達を用意したのだ! 効果的に邪魔する障害の一つとして利用するために。

 おそらく二人は、高森を探しながら、その一方で、高森親衛隊の女の子たちに次々と連絡を取り情報を流し続けたのに違いない。

 以前、高森がタケ子か命のどちらかとつきあっていると考えられていた時は、クラスメイトの仲でもあり、暗黙の了解のうちに女生徒たちも身を引いていた。しかし今回、太郎の妹花子(仮)が高森と親しいと知るや、女生徒たちは「高森親衛隊」を組織し、一致団結して「太郎の妹排除」の方針を固めている。

 例えばクラスメイトの誰かならば涙を飲んで譲るけれども、同じ学校でも何でもない、ぽっと出の太郎の妹花子(仮)になんかは決して渡さないという、女の連帯感のようなものがあるらしい。

 また、例の教室での一件で、クラス全体を恐怖のどん底に突き落とした太郎の関係者だという事も、どうにも気に入らない理由のようだ。だが結局よく考えてみると、つまりは図らずも皇金、太郎と共闘関係を結んでしまっている訳で、全く本末転倒といえるのだが、女のメンツは理屈ではない。

 女生徒たちは、高森の周囲をぐるりと取り囲み、太郎の妹たち三人を睨み付け、決してそばに近寄らせない鉄壁の構え。

 その様はまるで、手に手に薙刀を構えて外敵を排除する大奥のお女中様たちを思わせる。

 女生徒たちの、決して引かない気持ちと立場を良く知った上でのこの策略。

 恐るべし、太郎、皇金。

 確かに彼女の言う通り、ヒットマンとは戦略家のようだ。無駄な動きは何一つ無い。

 そして、得意顔の皇金と太郎が、父親説法を再開する。

「いいか、ぴんくれでぃーの言う通り、男はみーーーんな狼なんだ! 」

「油断してると、あっという間に押し倒されて妊娠しちまうんだぞ」

「アケミやエデンの、あのでかい腹を、お前も見ただろう」

 そう、アケミは先々月、可愛い女の子を産んでおり、エデン母は、再来月の中頃が予定日である。二人の子供の父親が誰か、それは、名を挙げて言うまでもないだろう。女難に始まり女難に終わる、そんな人生を歩み続けているあの男である。

「……うーん。してもいいかも」

 あっけらかんと太郎の妹花子(仮)。

「おとーさんは許しませんっっっ!! 」
「許さないわよーーーーーーっっ!! 」

 太郎、皇金、女生徒たちがまったく同時に絶叫した。

 彼女としては、思春期の少女の極々一般的な憧れを無邪気に口にしてみただけなのだろうが、その言葉を聞いた者たちの脳裏には、此処にいる特定の人物と関連付けて受け取られたらしい。

「兄ちゃんは、死ぬ程心配だぞ。もっと自分を大切にするんだ! 」

「その通りだ。こんなやつと何度も逢っていたら、あっと言う間に弄ばれて、妊娠させられてしまうぞ! 」

「そしてこいつは、さらに何人も何人もほかの女に手を出して、次々と孕ませるに決まってるんだ。見ろ!この周りの女どもを」

「さんざん弄ばれて、ボロボロの体にされて、飽きたら雑巾の様に捨てられるんだぞ」

「うおおぉーー! そんな事になったら兄ちゃんは、兄ちゃんはぁーー!! 」

 えらい言われようだ。

「あのな、皇金、太郎。一体何の根拠があって……」

「根拠ぉぉ? 」

 ゆらりと二人は振り返る。

 あ、まずい。

 さっきと同じ展開だ。

 高森は直感した。

 有能な戦略家たる彼らによって、答えは既に用意されているのだろう。

 それも恐らくさっきと同じく、下手に論駁しようとすればするほど、必ず泥沼に嵌る様な悪質なやつが。

 二人は、指先からビームでも発射するような勢いで高森を差し、天地も割れよと同時に吼えた。

「おめえの師匠が、もうすべて証明済みなんだよ! 」

 ああ。

 確かに『それ』を持ち出されると、最早反論の術もない。

 口を開きかけたまま、固まるしかない高森であった。

 そして、言葉もなく固まる人影がもう一人。

 愛弟子のデートをたまたま見かけ、冷やかしてやろうと気配を殺して近づいたものの、余りの事の成り行きに草叢の中で息を殺して潜むしかない……それは、石の命中した頭に見事なたんこぶをこしらえた、「女難に始まり女難に終わる」そんな人生を歩む男、皆月京次その人であった。

その2 午後 マルキーニと へ続きます。


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