京次は空手家なのだが、師匠はおらず、誰かに教えを乞うた経験も無い。 町の空手道場で見様見真似で型や技を覚え、使い易い形に自分で作り変えていった。
利き手の右拳を、少し前の位置でヘソまで下ろす。
左手は握らない状態で胸の近くに置く。
利き足である右足も、右手同様に少し前に出す。
右腕を前に出すのは、ボクシングでいう所のサウスポースタイル。
構えで、利き腕を前に出すのは珍しく、拳を握らないのも、空手家としては珍しかった。
「大丈夫なのか? そんな構えで。」 京次の姿を見ながら、貴時が思わず呟く。
「あ? まあな。利き腕利き足は強いだろ? 短い距離で致命傷を与えられるからな。 逆に左は、拳も足もそれなりの距離が必要なんだよ。」
それを聞いて、貴時は『親父らしい。』と思った。
左右の両手両足、どちらも相手に一撃で致命傷を与えられる距離に置いてあるのだ。
もう一つ付け加えておくと、ガードを下ろしているのは、相手の攻撃を顔面に誘う為だ。
自分の動体視力ならカウンターに取れるという自信の現れであった。
攻撃の為の防御。
本物の空手は、一撃で人を殺せる。 だから、空手の試合は『一本』で終わり。
一撃必殺。 その精神だけは確かに『空手家』であった。
「ま、今回は殺す訳には行かないが...」
そう呟いた京次の左手の向こうに見える『黒い瞳』は、少し大きくなっていた。
上下に揺れない歩行なので気がつきにくいが、『黒い瞳』は、京次に向かって歩いているのである。
「顎に軽いのを当てて、脳震盪を起させるのが一般的だろうな。」
京次は、構えたまま『黒い瞳』が近づくのを待つ。
3 元々皆月京次は、雪之絵、鳳仙、陸刀の三家にまったく関係の無い血筋なので、道を開けて通してやれば、『黒い瞳』は危害を加えないかも知れない。