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「初めてお目にかかりますわ。 お父様の雪之絵御緒史には大変お世話になっておりますのよ?」
人間の範疇を逸脱しそうな、気味の悪い雰囲気を持った女が、くにゃりと、柔らかい間接を折り曲げて頭を下げて見せる。
京次との再会を邪魔されて忌々しく思いつつも、それどころでは無い事もちゃんと理解している。 この女が『エデン』と総称される強力な敵である事を、雪之絵は知っていた。
険しい目をして見ていた雪之絵が、京次の腕の中から抜け出し、立ち上がる。 その途中貫かれた京次の手を盗み見た。
京次の左手は、この前病院でサラメロウの剛拳を受け止めた時に骨折している。 しかし、それでも普通なら、京次がこんな不覚を取るはずがない。
これは、雪之絵真紀を守ろうとしたのが原因である。
「...今までの刺客と、随分感じが違うな?」
雪之絵に、負けず劣らず鋭い視線を向けている京次が座ったまま呟いた。 今までの刺客とは、サラメロウを初めとする、陸刀家に飼われたヒットマン達の事だ。
「それは当然ね。 御緒史と鳳仙家は、本物の殺し屋を雇ってるからね。 自前で育ててる陸刀家の殺し屋とは質が違うわ。」
「特に、御緒史に雇われてる殺し屋は、世界でも指折りの連中よ。」
京次は、敵の気配を察知する能力は雪之絵より長けている。
その京次が気が付かない遠い場所から、間合いを一気に詰められる脚力と、鍛えられた筋の通った手の平を、障子の様に貫いた手刀の一撃。
いずれも、今までの敵とは桁が違う。
成る程と思いながら、京次は寄りかかっていた木に手を付いて立ち上がろうと試みる。 しかし、腰が地から離れる前に、手が木からずり落ちた。
「くっ...」
「京次?」
酔っ払いの様に、不安定な動きをしている京次に不信な目を向けた途端、雪之絵は息を飲む。
京次の顔は紫色に変色し、目の下にどす黒いクマが出来ていた。 一目で、京次に何か悪い事が起こったのだと解る。
「あまり、動かない方がよろしいですわよ? 神経性の痺れ薬なんですけど、その方、少し大量に入ってしまいましたからね。 動くと死んでしまうかも知れませんわ。」
そう言いながら、緑色のマニキュアを見せびらかす。 確かに毒の爪は、先ほど京次の手を貫いた。
「京次、解っていると思うけど...」
「ああ、命の身が心配だ。 刺客がここにいる一人だけと考える方が不自然だからな。」
京次の言うように、雪之絵真紀だけを襲うという効率の悪い真似を、御緒史や鳳仙家がするはずがない。
敵の別働隊が、命を狙っているのは確実である。
「そうさせてもらうわ。 もっとも、あの女邪魔だから、退かさなきゃならないけどね。」
命のいるアパートは、崖を駆け下りれば直ぐだ。 しかし、行く手にはエデンの母が控えている。
「どけ!!」
雪之絵は、炎の殺気を撒き散らしてエデンの母に襲い掛かった。