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「しかし、カズ子ちゃんから電話があった時は驚いたぞ。」 洗面器の水に浸したタオルを絞りながら言う。
「ごめーん。」
「あのカズ子ちゃんが、どもりまくって何言ってんのか分からなかったからな。」
カズ子が見舞いのため、タケ子の部屋を訪れると、命とタケ子が高熱のために、のびていたのだ。
二人が倒れるまで何があったのか、お互いの引っ掻き傷を見れば、言わずと知れた事だろう。
「タケ子は?その後連絡あった?」
「ああ、カズ子ちゃんがついてくれてるって。」
京次は、命が倒れて三日間、有給休暇を取って付きっ切りで看病している。
命に取って、正に至福の時であった。『私は嫌われたのではないか。』 今思えば、馬鹿な事を考えたと思うしかない。
命は確信を持った。
「どれ?」
京次は、命がくわえていた体温計を取る。
「38度3分。 とりあえず落ち着いたな。」
言いながら命の頭をなでる。 命はここちよさを感じながら、京次を見上げる。
「私ね、パパに嫌われたかと思ってた。」
命の頭を撫でていた手が、一瞬の震えと共にピタリと止まった。
「おい、それは爪の先ほどもないって、前に言ったろ?」
京次の口調は、少しきつかった。 大人の京次が、思わず出してしまった感情。命にとってはこれも又嬉しい。
「うん。でもね、最近パパと少し距離が空いてるなー。なんて思ってたの。」
それは、その通りである。命のためになると思って、京次自身が距離を空けたのだ。
よかれと思っての行動だったが、命が寂しい思いをしているのも分かっていたので、この告白は辛い。
「パパ、甘えられるの嫌いだもんね。 せめて病気の間だけでいいから甘えさせて、ね?」
「おいおい、嫌いな訳ないだろ?今は勿論、これからも甘えて来い。 命の事大好きなんだから、俺だって嬉しいに決まってるだろ?」
罪悪感を隠す事もできない苦笑。 京次本人は笑顔を浮かべているつもりなのだが、根が正直なので、どうしても表情と感情を切り離す事が出来ないのだ。
「ホント?これからも甘えていいの?」 押さえ気味だった命の表情が、花が咲いた様に明るくなる。
「ああ、当たり前だ。」
答えた京次の表情、今度は晴れ晴れとしていた。
「ね、パパ。今一つだけ我が侭言っていい?」
「うん?何だ?何でも言ってみろ。 俺に出来ない事なんて、そうそう無いぞ?」
瞬間、命の笑顔に悪魔が宿ったが、京次はその事に気が付かなかった。
「私、お風呂入りたい。」
「え?いや、それはマズイくないか?出来る出来ないじゃなくて。熱あるわけだし。」
命のお願いの内容が、よほど以外だったのか、珍しく京次の言葉が緩慢である。
「んー、でも、もう三日も体洗ってないし、少し気持ち悪い。」 演技の涙目で対抗の命。
しかし、風呂自体は了承されなくても良い。命の思惑は、その次にこそある。
「38度の熱って言ったら、決して楽じゃあるまい?」
「じゃあさ、たしか入院とかすると、体を濡れたタオルなんかで拭くんだよね? パパにそれお願い出来ないかな?」
「つまり?」