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雪之絵 命は、机に頬杖つきながら、視線を右に向ける。
いる、いない、いる、いない、いない、いる...。
別に花占いではない。 「いる、いない」とは、教室内の生徒の事だ。
「とうとう、タケ子もダウンだね。」
何時の間にか命の側に来ていたカズ子が呟く。
「そだね。」 タケ子がいないと張り合いの持てない命が、気のない返事を返す。
現在、十二月も半ば過ぎ。 もうすぐクリスマス、さらにはお正月と続く一年において、もっとも忙しく、もっとも楽しい時期が目と鼻の先まで迫っていた。
当然のごとく冬休みの初日は、それよりさらに早い。
生徒達に取って間違いなく楽しい時期なはのに、インフルエンザという流行り風邪が全てぶち壊してくれたのだ。
今回流行しているのは、新型ホンコンナントカという性悪なタイプで、高熱を発すると共にやたら長く持続する。
そのため冬休みにスキー行く予定も、クリスマスパーティーも、幹事の一人であるタケ子が倒れた時点で、おのずと消滅してしまった。
実際、クラスの生徒三分の二が倒れていて、その中には高森 夕矢も含まれている。
場所が小学校なら、とっくに学級閉鎖だろう。
「まあいいじゃない、高森君も倒れている事だし、今のうちにパパさんに甘えておけば。」
「まー、そうなんだけどねー。」
きっと喜んで食いついて来ると思っていたカズ子には、今の命の歯切れの悪さは意外だった。
だが、命に取っては、その京次の事こそ一番の悩みの種なのだ。
いつか初めて高森がアパートに来た日、それ以来、京次はさらに命に一線引くようになった。
と、言っても態度が変った訳ではなく、 京次の言葉の中に、自分自身の考えとは違う、”一般常識”的な言葉が増えただけだ。
理由は、「私は女だから、パパがその気になったら受け入れられる。」と言った非常識な台詞を聞かれたからなのだが、それを知らない命には、今の京次の様子は、不可解を通り越して恐怖になっていた。
『もしかして、私は、嫌われたのではないか。』
「でも、タケ子大変よー。
タケ子って寮暮しじゃない?だからダウンしても看病してくれる人いないのよー。」
「まー、しばらく私がお泊り会がてら面倒見るつもりだけど...その点、命はいいよね。」
他の全ての音が消えるほど、カズ子の言葉に集中する。
「仮に病気しても、優しいパパさんが看病してくれるもんね。」
カズ子の言葉が終わるや否や、命は怒声を発しながら教室を飛び出して行った。
まばらなクラスメートが唖然と見送る中、カズ子だけが楽しそうに笑っていた。