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ただ、ひたすらに同じ形のマンションの立ち並ぶ住宅街とは言え、夜とはこんなに静かで寂しい物だっただろうか。
そんな事を思いながら、私は、住んでいるアパートに向かって歩を進めている。
私の腕の中で眠っている命の目を覚まさせないように、ゆっくりと。
命は、いつも二十時には寝ている。 すでに一時間以上その時間を過ぎているのだから、起てろというのは、あまりに酷だ。
別に命を抱いて歩くのは嫌ではないので、全然問題はない。 いえ、むしろ楽しい。
しかし命の方は、私に対し、悪い事をしていると思っているのか、時折、思い出した様に目を覚まし、「んーーっ。」と口癖をもらしては、また眠るという行動を繰り返していた。
命の寝顔は見るからに安心しきっている。
「よかった。」
辺りが静か過ぎる寂しさも手伝って、私は思わず呟いた。
「んー?」 命が即座に反応する。
私は苦笑して、抱いている腕に少しだけ力をこめた。
安心したのか、命の目蓋が閉じる。
でも安心したのは私の方。 今日は命に対し、とても悪い事をしてしまった。
今日、命を、私の実父に見せに行った。
だが結果は、 「命、ゴメンっ!ありゃー、おじいちゃんじゃないわ。 本物のおじいちゃんは、別に居るのよ。ママ間違えちゃった。」
などと、正に子供騙しの言い訳をしなければならないほど、散々なものだった。
命には、本当に悪い事をしてしまった。 じじいに会えるのを楽しみにしていたのに。
だから謝罪のつもりで、こんな時間になるまで、色んな所で遊んでいたのだ。
ちっちやな女の子を抱いて歩く女。 私と命、傍目にどう見えるのか。
そんなもの、母娘以外にありえない。
自信も持っている。 私と命は、どこに出しても恥ずかしくない、立派な親子だと。
しかし、それでも命に男親は必要だと思って、私のお父さんの所連れて行ったけど、見事に玉砕してしまった。
私が疎まれているのは今更言うまでもないけど、孫に対しては違うのではないか、
美しいはずの空に輝く星空には目もくれず、命の寝顔だけを見ながら歩くうちに、私と命の住んでいるオンボロマンションが見えて来た。 オンボロと言っても家賃十万近くするので、学生時分住んでいた雪之絵の屋敷と比べたらの話だ。
私は疎まれているとは言え、財閥の直系なので金はうなるほど持っている。 あのオンボロマンションに住んでいるのは、ただ下々の暮しを一度してみたかっただけだ。
しかし、この辺りは命の同世代の友達が大勢いるので、結果良かったと思っている。
友達はいた方がいい。 一人もいなかった私だから、特にそう思う。
マンション五階の一番奥の部屋が私達の住処だ。 エレベーターがあるので、ここまで、あっと言う間である。
空いている方の手で、ポケット内の鍵を探る動きを訝しがった命が、本格的に目を覚ました。
扉の鍵を開けて、黒の絵の具をぶちまいた様な雰囲気のある、闇一面の部屋の中に足を踏み入れる。
闇の色以上に冷たさを感じてしまう部屋の中。 男親がいれば、少しは違ったのだろうか。
私は、目はかなり良い方。 しかし、ここまで暗いと全然見えない。
手探りで、電気のスイッチを求めて進んでいく。
たしか、この辺りにスイッチがあったはず。
じわじわ進んでいると、一点を見つめていた命が、ふいに呟いた。
「...ママ、」
私は、目はかなり良い方。しかし、命はもっと良い。
ま